-------------------- 15巻・後編 --------------------


後編はロイアイとキンブリーの絡みからと思いましたが、墓前シーンには
まだ少々考えるべき部分があるので、わずかに場面を巻き戻しますね。



◆ロイとリザの家族たち

ああそれにしても、見てるだけで和む二人ですよ…墓前のロイとリザvv
喪服なのに不謹慎だけど、おひなさまのセットみたい。
「死なないで下さいね」っていかにも少女らしいリザの反応も、「青臭い
夢を話してしまった」と子供っぽさを恥じるロイの表情も、てらいがなく
てほんとに微笑ましいです。
あの死なないで下さいね、というのが、その後長きにわたってリザの口ぐ
せになるのだと思うとじんときますね。彼女はロイの隣りでずっとそれを
言い続けてきたんですよ。これからもね…。
しかし一方で、「一生軍にいる」とか「国の礎」とか「皆を守れれば幸せ
だと思う」などと固く深刻な言葉を口にするロイ。巻頭での師匠との会話
も同様ですが、彼はやはり尋常でないほど、「軍人として国と国民を守ら
ねば」という強迫観念を持っている気がする。師匠であるリザ父でさえ、
ロイのその信念は変えることができなかったんです。
どうもここには何か秘密があるように思いませんか?

ずばり、これは伏線でしょう。ええ、彼の身内に関係のある伏線です。
今回こうしてイシュヴァール編がまとめられて改めて意外だったのは、こ
れだけのページ数がロイのために割かれながら、彼の出自や家族関係につ
いては何一つ明かされなかったという事実なんですよね。
これは逆に糸をたどればあることを示していると思う。ロイの血縁の人間
の中にホムンクルスとの因縁を持つ者がいる、という可能性です。
そしてそれは、この段階でロイがホムンクルスの存在に気付いてしまった
ら物語自体が変わってきてしまうために、そして彼の「野望の成り立ち」
がホムンクルスとは無関係であることを示すために、この15巻では描写さ
れなかったのかな、と。

過去の拙サイトの考察では、イシュヴァール戦の発端になった「穏健派将
校」がリザの母親だったのではないか、という仮説を立てていましたが…
でも、見ての通り今回の墓前シーンではリザの母親が特殊な亡くなり方を
していなかったことがほぼ確定しました。そうなると、「穏健派将校」は
もう(あるとすれば)ロイ関連になったと断定しても良いのかも。
これは憶測の域を出ませんが、ロイが軍人となった理由は、単純な正義感
や愛国心とは違う気がしてならないんですね。例えば、身内が軍人として
やり残した仕事を肩代わりしようとしているような…そんな切迫した責任
感を読みとれる気がして。
エンヴィーによって冤罪を着せられた「穏健派将校」、それがロイの両親
のどちらかである…という可能性は、やはり捨てることができません。

しかし、です。それより何より、最もショッキングな事実と言えば!!
「リザはグラマン中将に認知されていないらしい」という急転直下の意気
消沈です…(意味不明)。
あのう;…あのPG2での種明かしは?あの6巻「孫娘を嫁に」のシーンは?
すべてぬか喜びだったと言うんですか…?(涙)
それが事実なら、まず確実にロイもその血縁を知らないはず。万が一、東
方司令部時代に2人がそれを知るチャンスがあったのなら、それは素晴ら
しく萌えるエピソードだけど…。でも現在の本編の動向から推せば、2人
がそれをグラマン中将から知らされるのはずっと後、物語のラスト近くで
あるような予感がします。
ただ、おじいちゃん側がすべてを知っていることは間違いありませんね。
だってそうでしょう?仮に娘に駆け落ちされてしまったとしても、密かに
相手の名前も調べないような父親なんていませんよ〜絶対!
だから、名簿で「ホークアイ」という姓を見れば、それが娘の選んだ男性
の名だとおじいちゃんには分かるはずですね。いえ、それ以前にリザを一
目見さえすれば、そこに我が娘の面影を見出すに違いありませんv



◆個性を貫くキャラクターたち

さてこの15巻、ひと癖もふた癖もあるキャラクターたちが、それぞれの持
ち味で読者に強烈なインパクトを与えるシーンには事欠きませんが…。中
でもキンブリーの活躍シーンは、どこも背筋が寒くなるほどの強烈さです
よね。
正気と狂気、異なるのはただその向いている方向だけで、ハートがピュア
かどうかとは相関がないのだと納得してしまいます。もっともキンブリー
にハートが存在するのか否かは怪しいけど(笑)…でも、不思議とこの人
に卑屈な翳りは感じないんです。ウィンリィの両親を讃えるシーンなどは
本気の慈愛さえ見て取れる気がする。マッドとはいえ惹きつけるキャラク
ターです。
しかし、常人と逆方向に放出されているのは狂気だけではないようで…彼
の色気は普通人とは異なるフェロモンを含んでいそうですけどね〜(笑)

(余談の考察ですが、ウィンリィとの写真での対面は新たな伏線となりそ
うな予感ですね。恐らくいつか2人は遭遇し、ウィンリィは両親の最期の
様子をキンブリーから教えられるのでしょう。「ご両親は本分を貫き通し
て逝かれたのですよ。誇りにお思いなさい」とでも言われるのかな?)

しかし、「軍服を着る時に殺す覚悟はすでにあったはず」とは…!よりに
よってロイにこれを言うの!?…これはもう、これでもかーというくらい
のロイへの皮肉ね。でも正しいな…甘ちゃんだったのは彼の方です。
ロイはこの15巻では完全に打たれ通しですね(苦笑)信念を揺らがせて、
自分の立ち位置を見失って。ヒューズにまで「お前はなぜ戦う」などと質
問してしまう彼は、もう見ていられないくらいかわいそう。
そしてそのヒューズの答えは、キンブリーよりもさらに簡潔かつ正論とき
たものです。「死にたくねえ」素晴らしい…!
彼がロイよりも世慣れて、つまり大人に見えるのは、目的以外の部分には
見て見ぬふりができるからなんでしょうね。つまりは強力な消化器官を持
っていて、必要な部分以外は切って飲んで溶かしてしまえるんです。でも、
子供の感受性はすべてに反応してしまうから、捨てるべき部分にもいちい
ち刺激を受けて、傷を負ってしまうの。
そんな子供のように要領の悪い若ロイは愛おしいなぁ…。しみじみ。

一方、初登場のグラン大佐も見逃せませんね。「儂」ですよ〜わし!
「己れ」でおれ、という読みにも牛先生のこだわりを感じますが、儂もま
た相当なものですねー。
以前、ヒューズがとても親しみをこめて「グランのおやじ」と呼んでいた
ので良い人だろうとは思っていましたが、なんと剛胆かつ豪快なお人…!
上官殺しはかなりショッキングな描写でしたが、信念ゆえにああいった行
動に出たグラン大佐には何の迷いもないので、説得力がありますね。
巻末のおまけで描かれていた最期は、にわかには信じがたいような(笑)



◆神の不在

とはいえ、そのグラン大佐の迫力も、大総統の絶対零度の存在感には遠く
及びません。
ああ…なんて揺るぎないカリスマを備えた人なのでしょう、閣下は…!!
時々思うのですが、この人はきっと賢者の石の力を得ないままだったとし
ても、国家のトップとして十分な資質を持った人だったのでしょうね。

閣下とローグ=ロウとの一連のやり取りは本当に圧巻でした。
ただ読者にだけは、望まずしてホムンクルスとなった閣下の生い立ちがす
べて知らされているがゆえに、双方の言葉の応酬一つ一つがどうかすると
痛々しく響いた気もします。
「人の命の替えはきかん」という彼自身の台詞はずしりとした実感を伴っ
て聞こえるし、「人で無し!」や「人の道を外れし者め」という罵倒はあ
まりに図星すぎる…。13巻で閣下の秘密を明かした後でイシュヴァール編
を持ってきた牛先生の、演出の意図が心憎いですね。これではどんな強情
な読者でも、閣下を「悪役」と見なすことなしにイシュ編を俯瞰しなけれ
ばならないでしょう。
それにしても、この「神の不在」というタイトル…怖いくらいの深淵を感
じます。これもやはり、閣下の生い立ちを知っている読者のみが納得でき
るんですよね。今この国の命運を握っているのは神ではなく、確かに他に
存在してますから。(真の神はその上にいるのよ。)

ここで閣下の非情さにヒューズが納得しているのが興味深いです。
自分を案じて待っているグレイシアのために、絶対に「死にたくねえ」か
ら軍令に従っている彼としては、人の命の替えはきかないという閣下の言
葉に共感せざるを得なかったのかな…。確かに、ヒューズでない他人が生
き残ってもグレイシアは喜ばないものね(笑)
(これは蛇足の考察ですが、ここで閣下とヒューズが病院での会話以前に
ニアミスしていたのは奥が深いと思う。あの大総統府への電話を途中でや
めた時に彼が思い出していたのは、今回の閣下の言葉だったのかも知れな
いな、と。戦場での閣下は人間にしてはおかしな物言いをしているから、
明敏なヒューズはそれを思い出すことで、最初から閣下はホムンクルスの
一味だったと看破したのかも。)

こうなってくると…結局、閣下は人間とホムンクルスどちらの味方でもな
いような気もしてきますね。なぜかと言えば、もしもお父様を創造主と崇
めているのなら、「神はいない」とは言わずに「お前たちの神は偽物だ」
と言うはずです。そして「我々(ホムンクルス)に鉄槌を下すのは人間だ
ろう」というつぶやきは、あまりに冷静すぎて中立的です。
閣下はもしかすると、自分たちがホムンクルスの生け贄として生かされて
いることに全く気づいてない人間たちに、怒りを覚えているのかも知れま
せんね。彼にとっては人間はみなどんぐり、人種の差など関係ないのだか
ら、あの場面はローグ=ロウを愚弄したように見えても(洒落でなく;)、
決して「イシュヴァール人」への嫌悪ではないのだと思います。
ただ、種として滅亡しかけている時ですらまだ「神」を引き合いに出す人
間を見たために、お前たちもっと大事なことに気付かないか!…と憤怒を
覚えたのではと思う。
そして、ホムンクルスを裁くのは人間だと言い切る…。
そう。やはり彼はひそかに、裁きにくる人間(後のエドやロイやリン)を
待っているのですよ。ホムンクルスに対して「人間をなめるな」と言える
人間をね。
(閣下=お父様を裏切る説については、考察#5でさんざん書きましたので
省略しますが、もしも興味がおありの方はこちらへ)

とにかく閣下は私にとって、個人的にものすごく惹かれる役どころです。
だからこそついつい妄想力が働いて、色々と二次創作に登場させてしまう
のですが…v(笑)…いえ、ここは感想を続けましょう。



◆イシュヴァールの英雄

色々な意味で読者の想像を裏切ってくれたイシュヴァール編なのですが、
そのうちの一つがこの「英雄」の呼び名の指す意味でした。
意外でしたよね。なんとほろ苦い…。でも、考えてみればこの方がずっと
ロイらしい。てっきり一騎当千の働きをして、殺戮の代価として得た名声
なのかと思ってたけど、こういう理由で本当に良かったvあくまで優しい
ロイらしくて、ホッと和みましたね。
そして、ここからの、頂点を目指す決心に至るまでの心情変化こそが…!
何と言うか、ページが足りてないと言うか、地団駄を踏みたいほど残念!
なのですが…そこは読者が口を挟むべきではないということで。口をつぐ
みます。

実は、後半に出てくる「生きて皆でこの国をかえてみせよう」もかなり意
外な台詞でした。だって我々の知っているロイは「文句は言わさん付いて
こい!」の男だったから〜(笑)当然この場は、「私がこの国を変えてや
る」だと思っていたんですが!
この謙虚さ、自分を非力だと言い切る優等生なところがロイの本質なので
しょうか。誠実だけどどこか頼りない若ロイに、またいっそう愛しさが募
りますねv

そして、この優しい「英雄」と壇上の「独裁者」の視線とが初めて交錯す
る場面も白眉でした。ああ…なんて格好いいシーンなの……!
さすが、閣下のお目は最強。見逃すはずもなかったですね(笑)
そうです、ロイこそまさしく閣下の待っていた人間。ホムンクルスに鉄槌
を下しに来るはずの、この国の大事な後継者候補だったのです。
「すでにその先を見ているか……焔の錬金術師!」のコマには死ぬほど萌
えてしまいました。2人とも最高に素敵…。
こうして…やがてこの時の両者の距離はどんどん縮まってゆき、ある日こ
の独裁者からホムンクルスの真実を語られて、そこで初めてロイは気付く
わけね。閣下に試されているということに!

第2の本道と言いますか、エドとお父様サイドの戦いからは一歩引いた場
所で繰り広げられる、この閣下とロイ(もちろんリザも含めて)との駆け
引きには、主人公そっちのけでドキドキしてしまいますv
それはまるで未熟な王子と、覇者の余裕を見せる父王との駆け引きにも似
ていて、個人的にスリリングな萌えをそそられて仕方ありません。



◆火蜥蜴への想い

さて…様々なエピソードの後に、ようやく戦いは終わります。
牛先生ご本人を筆頭に、もはや両親さえも戦後生まれであるわれわれの実
態として、リアルな戦争の感覚はどうしても分からないというジレンマが
あるんだけど…。それでも、あの誰とも知れない兵士が戦いの終わりに口
にした台詞、「終わったのか?」「何の余韻も無ぇな」というのには、何
だかとても真実味を感じました。
唐突に殺戮の日々が終わってしまったあと、前線の兵たちはどうやって普
通の暮らしに戻ってゆくんでしょうね。血に汚れた手を洗っただけで、以
前と同じように家族の輪の中へ戻れるのかしら。

まさにその点において、ロイとリザが直面していた現実は、戦争が終わっ
てしまえば尚さら辛いものだったと思う。だからこそ、「帰ろう」とあれ
ほど優しくうながされても、リザは素直にロイの手を取ることができなか
ったのです。
彼女があの場で「背中を焼いて」と言って譲らなかったのは、きっと当然
の感情の流れなんでしょうね。なぜなら身体に付いた血は洗い流せても、
あの錬成陣は決して消えないから。

ここで明らかにされているのは、リザ父が遺したあの火蜥蜴の陣に対する
2人の思い入れの差です。ほとんど正反対と言ってもよいほどに、あの錬
成陣に対する感情はロイとリザでは異なるんですよね。
まず、ロイにとっては…
あの錬成陣こそ運命の分かれ目、いえ運命そのものだったはずです。あれ
を目にしたことで、彼の中でリザの存在の重みがまったく変わってしまっ
たのは確実だから。そう、「師匠の娘」から「運命を分かち合う相手」へ
とね。でも、それは無理もないこと。なぜって、あれはロイのためだけに
遺されたメッセージだったからです。

あの錬成陣は、並みの錬金術師では解読できないはずのものですね。でも、
師匠は「娘が秘伝を授けてくれるだろう」と確かに言い切っていました。
ええ、ロイなら解読できることを彼は知っていた。否、ロイだけが解読で
きるように難解な暗号で書いたのでしょう。それはつまり、他の力不足な
術師に錬成陣を悪用させないために。そして同時に、リザがロイと一緒に
生きてゆけるようにとの、父親の愛だったのです。
リザの背中を見たロイが、それに気付かないはずはありません。弟子は彼
1人でした。そして師匠は「娘を頼む」と遺言したのです。これは師のメ
ッセージだと理解して、自分をその奥義の伝承者として選んでくれた暖か
さに胸打たれたはずです。
だってもう、これ以上はない、泣けるくらいの形見ではありませんか…。
世間的な富や名誉を何も持たずに逝ってしまった師匠は、錬金術の奥義を
得た満足だけが財産だったのです。その成果の結晶が…全財産が、惜しみ
なく彼の忘れ形見の少女に託されていた、なんて…!
そしてその少女は、まっすぐに自分を選んでくれたのです。これで胸を打
たれない人間がいるとは思えません。一生離すまい、と誓って当然ですよ
ね…!

そうしてみれば、やはりロイとリザは父親の目から見ても仲が良かったの
でしょう。もしもリザがロイを嫌っていたら、あんな方法で秘伝を残すは
ずがない。背中を見せた後、2人がどうなるかまで許可済みだったとも思
えますよね。(ぎゃー!)
つまりロイにとっては、あの陣はホークアイ家と自分を結ぶ家族の証にも
等しいものだったのです。

では、一方のリザにとってはどうだったのか。
「新たな焔の錬金術師を生み出さぬように。この背中の秘伝が使い物にな
らないように」…苦しげで、そして激しい言葉ですね。憶測するまでもな
く、殲滅戦は彼女の背中を忌まわしいだけの産物に変えてしまった。でも、
彼女があの陣を焼いてと頼んだのにはもっと別の理由もありました。
冷静に考えれば、実際にはよほどの事態がないかぎり、今後彼女の背中が
他人の目にさらされることなどないはずなんです。あの錬成陣の存在自体、
知っている人間はロイのみでしょうからね。
ですから…背中を焼く理由として本命だったのは、実はこちらだったので
はないかと思う。「父と錬金術の縛めを下ろし、リザ・ホークアイ個人に
なるために」…つまりこの時、リザはロイとの関係にけじめをつけたいと
望んだのです。

リザ・ホークアイ個人になるために。これはすごい台詞ですね。
だって、背中を知っているのはただ1人ですよ。他の誰に対しても個人に
なる必要などありません。ただロイに対してだけ、個人になる必要があっ
たのです。そう、これはほとんど告白に近いんですね。
例えば皆さんに意中の上司がいると仮定して、その人に「あなたの部下で
はなくて○×個人になりたい」と言ったら…それは告白の言葉になるので
はありませんか?(あはv)
同じようにリザは、暗に「師匠の娘」や「錬成陣の守り番」として自分を
見ないでほしい、とロイに願ったのです。リザ・ホークアイ個人として、
1人の女として自分を遇してほしい、と。
そしてロイはそれを了承し背中を焼いたのですから、2人の関係は確実に
変わりますよね。ロイはその後、彼女を「秘伝の授け主」としてではなく、
完全に一個の女性として見ることになったのです。

こうして、彼らの最初の絆はここで一度終焉したのだと思う。
ロイにとっては、あの陣を焼くことは師匠とのつながりを絶たれることに
なるし、何よりリザが自分との関わりを無かったことにしたがっているよ
うに思えてショックだったことでしょう。でも、彼女が「縛め」と表現す
るくらい、あの陣はリザの自由を殺人的に奪うものだったのですね。
それを理解して、あえて膨大な想いの対象である錬成陣を無効化すること
で、ロイはリザとの過去を心の奥深くに封印したのだと思います。

しかし、リザは心の底では、錬成陣なしでも彼にとって必要な人間になり
たかったのかも知れません。秘伝を託すことになったのは運命に違いあり
ませんが、「師匠の形見」としてだけロイに認識されていることには耐え
難かったのではないでしょうか。だから、欺瞞だと言われようと銃を手に
取り、ロイのそばに居続けようとした。…すべて、彼女なりの愛の表現な
のでしょうね。
彼らは過去を封印して、新しい絆を結んだ。
ここからが、大人のロイアイの始まりなのです。



◆生涯をかけた約束

そして、その新しい絆が結ばれたのは、今となってはなつかしい東方司令
部の執務室。
文句なしに15巻のハイライトとなるこの「約束」のシーンは、思わず息を
止めて読んでいましたよ…。

「……撃ち殺せ。君にはその資格がある。付いて来てくれるか」

待っていました…ええ(涙)
「何を今さら」へと繋がってゆくその一言を、ずっとずっと、私たちロイ
アイスキーは長いこと待っていたんです…!!

わたくし鈴々、感無量です。もう語尾にハートを付ける気も失せるほど、
心底満たされました…。
これがロイの、リザへの精いっぱいの愛の証でなくて何なのでしょう…。
言うまでもなく、彼はリザに本気で監視役を頼んだわけではありません。
「命を預けた」のです。
この台詞を額面通りに受け取ってしまったら、今まで先生が精魂こめて描
いてきたロイアイの過去が、まったく意味のないものになってしまうとさ
え思う。あれはまぎれもなく、リザを生涯離さないための、ほとんど求婚
にも等しい言葉ではないかしら。

イシュヴァールで彼女の信頼を一度裏切ったことで、ロイはもう今さら彼
女に愛しているとは言えない立場なのです。だからこそ…効能を失ってし
まった言葉の代わりに、自分の真心を彼女に伝えるためにロイができる手
段といえばもう、ああして命を丸投げにして、裸の背中をリザに預けるこ
ことしか残されていなかったのです。
このとおり私の命を君に預けよう、と。
だから君の人生を通じて私をずっと見張っていてほしい、と。

…これ以上のことができる男がいるとは思えません。
歯がゆいほど遠回しだけど、恐ろしいまでに真摯な、愛の開示です。
これがロイの真心でないなら、真心などこの世には存在しないでしょう。
初読時は泣けてきそうでした。何度読んでも身もだえしてしまいます。
なぜって、これは文字通りギリギリの賭けだったと思うから…!
実際、この機会を逃して背中を預けなかったら、彼らはただの上司と部下
で終わっていたかも知れない。ロイにとって、あれは自分の心情を伝える
最後のチャンスだったのです。そして最後の賭けだった。
もう一度だけ、私を信じてくれないか、という。
そして、リザの答えはYesだった…。
彼女はあなたが望むなら地獄までも付き合うと断言したのです。ロイの捨
て身の懇願は、最後の一線で報われたんです。



◆16巻に向けて

結局のところ…1巻での初登場から読者がずっと見せられてきたのは、彼
らの愛ゆえの戦いの過程だったのですね…。

ここに来てやっと腑に落ちたシーンも色々あります。例えばあの10巻の病
室のシーンで、ロイがリザを激しく叱責した真の理由も分かりましたね。
2人の約束を、ロイは彼女に簡単にあきらめてほしくなかったんですよ。
まして敵の言葉などうかつに信じて…!言外にはきっと「見損なったよ」
という感じかな。彼は、リザとの人生をあきらめる気など毛頭ないんです。
むしろリザの方が少し信念が甘かったんですね。
「引き続き私の背中をまかせる。精進しろ」…これはもう、何が何でも2
人で生き抜く覚悟のようで…このシーンも改めて感無量ですv

すべての根底にあるのは、今回の誰にも汚せない約束。
今までのロイアイ名シーンのどれを取っても、この15巻がベースにあるこ
とを前提に読み返すとまた感慨もひとしお…まさにこの一冊はロイアイの
バイブルですねv

それにしても…。
ロイとリザ…なんて壮絶な愛なんでしょう。
何度も切れそうになる絆をその度に守って、あるいは愛ゆえに絆を一度絶
ってはまた、異なる絆を結んで…。過去も未来も、どこを向いても、彼ら
には本当にお互いしかいないのね。
前編でも少し触れましたが、それこそが彼らの孤独だけど、他に居場所が
ないことはむしろ彼らの幸せなのかも知れない、と思わせる15巻でした。

誰にでも「運命の相手」はいるけれど、それは安穏としていられるほど丈
夫で太い絆で結ばれた相手、というわけではなくて…彼ら2人のように、
絆が何度切れようと、命をかけて結びなおしたい相手、なのかも知れませ
んね。



ここまで長々とお付き合いいただき、ありがとうございました☆
16巻以降、今までよりはっきりとした相愛モードで進んでゆくロイアイス
トーリーのハッピーエンドを願って、最後にもう一つだけ、考察をして感
想を終えましょう。



◆新しく生まれてくる世代について

15巻によって、ロイとリザの根底にある思い…自分たちの今後の幸せを、
今までに奪った命の代価として、国の未来への供物として捧げる…という
姿勢が明らかになりました。しかしそんな中で、当のリザの台詞としてこ
の言葉が出てきた、ということに新鮮な驚きを感じています。
たいへん意味深だと思うんです。というか、伏線かも知れない。

何が驚きかと言えば。リザこそが「新しく生まれてくる世代」の母親とし
てこれから該当してくる年頃なのに、牛先生が彼女にこれを言わせた…と
いうところが驚き!
ええ、もちろんこの段階でのリザは、自分の幸せを完全に否定してますよ
ね。未来のベビーたちが無垢でいられるように、自分の人生を血の供物に
する、と言っています。
彼女のイシュバル体験への反省と自責の念は、異常なほど頑なに見える。
少しでも自分が幸せを感じたら自己嫌悪に陥り、わずかな楽しみでさえ自
分から遠ざけてホッとしてるような、哀しい習慣をもたらしているように
思えるのね。
でも、この発言を聞くと…良かった…。まだ望みはありそうな気がするv
何の望みかと言えば、そうやって自分の守った「新しい世代」の母に、リ
ザ自身がなる、という望みです。なぜなら…これはある方とお話したこと
ですが…

物語に登場する男女カプのうち、適齢期なのがロイアイだけだからなんで
す。鋼という作品は、「物質の循環としての生死」がテーマの1つですよ
ね。その中で、出産という営みがとても大切に描かれている。そして、そ
こに至る夫婦の絆についてがねv
だって命は循環するけれど、女からしか絶対に生まれてこないから。
物語中に散りばめられた、そういった「女性」とか「母性」関連の話題の
多いことには、皆さんもお気付きですよね。
その中で、ロイアイの立つ位置はとても微妙だと思うんです。
なぜなら…
イズミは禁を犯したために命の循環を絶たれ、ホムンクルスである閣下は
自ら子孫を残せずに若者の中に未来を見ている。
一方、人間でない身体ながら子供を作ったのがホーエンハイムで、自分は
命を絶たれたけど子孫を残したのがヒューズ。
そして今後、子を成せるペアとして筆頭にいるのがロイとリザなんです!
だから、ものすごくあやういバランスの上に彼らはいるんですよ。

大袈裟に言えば、ホムンクルスから人間を守る戦いというのは、子孫を残
す可能性を守れるか否かがテーマ、だとも言えるかも知れない。人造人間
というのは「母性」の否定ですから。
だからこそ…今回、リザがこの発言をしたということは、ロイアイの最終
的な幸せを暗示しているように思えてならないのですが…如何でしょう?

ロイはもちろん、全国民を守るために「ねずみのてっぺん」を目指してい
るのですが、もう一つ、リザの言う「私の中のイシュヴァール戦」をどう
しても終わらせてやらなくてはいけないんです。それは彼にしかできない
ことだし、この15巻を読むとやはり、リザがその点を納得しないことには
ロイの野望は達成されない。物語が全然落ちないんですよ。

ですから私、確信します。
今、どんなに幸せを断念しているように見えても、ロイとリザは心の底で
は2人一緒の未来を願っているんだ、とね。
皆さまもどうぞご一緒に、いつか彼らの腕に抱かれるロイアイベビーの誕
生を信じて待ちましょうv



文責:結城 鈴々    2006.11.29



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