◆自らに憤怒する男◆
**** ロイアイ考察・第5弾 ****
第5弾は、本誌2005年11月号(単行本未収録分)において急転直下の激震を見た
マスタングとホークアイの位置関係に、今後の鍵を握る大総統ブラッドレイを絡めて
その人間模様を考察してみたものです。
コミックス12巻収録分、及び13巻収録予定分についてのネタバレになりますので、
コミックス派の方々はご注意下さい。
1: ついにやってきた試練
まさに「ついに」としか形容できなかった。
なぜなら作中のブラッドレイは第10巻の時点ではっきりと「飼い殺し」を明言していたのであり、ファンにとって
マスタングとホークアイが仲を裂かれることはむしろ予想通りの出来事であったはずだからだ。
にも関わらず、世の何万というこのカップルの支持者が、一夜にしてデプレッションのどん底にまで突き落とさ
れたことは想像に難くない。
ストーリーの上では、野望を打ち砕かれた(一時的にとはいえ)マスタングへの懸念、というのがまず重点を置
くべきポイントだとは思われるが、支持者にとっては今後「彼らが同じコマに描かれないこと」の方がより深刻
であり、何より先に懸念すべきポイントとなりそうである。
それほどまでに彼らは「一緒にいてこそ」のペアなのであり、別々ではその個々の魅力さえも半減してしまう、
希有なカップルなのだから。(これは相当な極論だが、さほど大袈裟とは受け取られまいと思う。)
さて、ここで我々にできることは、彼らがこの難局を生き延びるためにどのような道が残されているのか、を考
えることだけであろう。
当サイトはあの「扉を開けさせる」というブラッドレイの発言以来、機会を得るごとにそれについての小考察を
重ねてきたわけだが、現在の結論として言えることは……残念ながら、彼らが将来の幸せを得られる道はた
だ1つしかない、ということである。
その道とはすなわち、「大総統ブラッドレイが2人の味方となった場合」である。
あるいは、こう言い換えてもよいだろうか。
「ブラッドレイはすでに2人の味方なのだが、彼らを守るために一時的に彼らを引き離す他なかった場合」。
恐らく、これ以外に道はないであろう。
もちろんこの結論は、ブラッドレイが父親(=ホーエンハイム)を裏切るという予想を前提としており、今の段階
ではそれはあり得ないとする意見が大勢を占めるということは承知の上である。
しかし、私はここで敢えて既巻(+未収録分)を総ざらいしてふるいにかけ、この不倶戴天の敵としか思えない
ブラッドレイが、彼の「父親」を裏切る可能性についてを、順に説いてゆきたいと思う。
2: 「時」とはどんな「時」か
キング・ブラッドレイについて最も初めに疑問を抱いたのは、他でもないあの病室での見舞いのシーン(コミック
ス4巻)、マース・ヒューズが「軍がやべえ」と気付くきっかけとなった、あの場面であった。
当時の状況からすれば、このシーンでのブラッドレイは「ウロボロス党の邪魔をしないように釘を刺しにきた」と解
釈されて当然の言動をしている。明敏なヒューズはこの際のブラッドレイの言葉、「何人も信用するな。軍内部す
べて敵と思え」の発言を思いだし、直感的にブラッドレイのウロボロス党への関与を知って大総統府への電話を
取りやめたのである。
しかし私は、惜しくもヒューズはこの時、その「裏」までは思い至らなかったのだと考える。つまり……端的に言っ
てしまえば、この際のブラッドレイの発言はすべて、嘘ではなく「本気だった」のである。
つまりこの時、ブラッドレイは心底から4人を「信用に足る人物」と判断し、「君らの身の安全のために」釘をさして
いたのである。
そのように仮定することで、その後のブラッドレイの行動はすべて辻褄が合ってくるのであるが、そう納得してい
ただくにはいま少しの実例が必要であろうか。
すべての鍵となるのは、「時が来たら存分に働いてもらう」という台詞の、その「時」とはいつか、である。
次にブラッドレイが派手に動くのは、例の「対グリード戦」においてである。
この時の戦いはどうやら「遭遇戦」に近く、かねてよりウロボロス党に離反中であったグリードを偶然に発見し、
捕縛に至ったというのが真相に思える。
しかし、この南部視察でアームストロングを側につけた人事には、いささかの不透明な何かを感じる。なぜなら、
アームストロングがイシュヴァール反戦派として軍令に背いたことは周知であったはずであり、エルリック兄弟を
「人柱」として除外すれば、あの日病室に居合わせた4人のうちで残る邪魔者は彼のみ、だったはずからである。
これももちろん、邪魔をされぬように見張るため、とも考えられるのだが、「君らの身の安全のために」との忠告に
も関わらず命を落としたヒューズの、「二の舞を踏ませないため」と解釈することも可能であろう。
その後の家族とのシーンでは、彼は意外なまでの家庭人ぶりを披露している。妻とも、そして養子・セリムとも、
良好な家族関係がうかがえる一コマである。
ここで重要なのは、情愛こもった妻の台詞、「そろそろ後進に道をゆずっては」であろう。ブラッドレイの肉体的な
衰えが偽物ではなく、「人間の加齢」と同程度であることがわかる。
また、「錬金術師になってお義父さんを助けたい」と言ったセリムに対する、「無理だ」という一見非情な答えは
意味深長である。これについても様々な理由が考えられるが、今の時点では「セリムの成長が間に合わないか
ら」という意見を推しておく。
つまり、ブラッドレイはそう遠くない時期の政権交代をすでに視野に入れており、セリムがいかに頑張ったとして
も、「お前が大人になる頃にはトップを降りているから無理だ」という理由である。別の言い方をすれば、ブラッド
レイにはすでにセリム以外に、「後継者」とする人材の心当たりがある、ということになる。
更に、「対ラスト戦」である。
この件についても再三にわたって考察してきたが、やはりあの場で瀕死のマスタングにとどめを刺さなかったこと
は、ブラッドレイの気まぐれではないのである。彼は最初からマスタングを救うつもりであの建物に入ったのであり、
次第によっては身内であるラストの方を血祭りにあげたはずである。
そうはならなかったものの、やはりラストを見殺しにしてマスタングを逃がしたことは他のメンバーの目には明らか
であって、ブラッドレイは父・ホーエンハイムからも疑念を向けられている。
ここで「扉を開けさせる(=人柱候補にする)」と約束することで場をしのいだ彼は、傍目には父・ホーエンハイムの
機嫌をうまく取り持ったかに見える。
しかし……事の本質はまったくの逆であることに、我々は気が付かねばならない。
つまり、ブラッドレイはマスタングの「生殺与奪権」を得ることで、彼をホーエンハイムや他のウロボロスの手の及
ばない、「自分の自由意思下」に置き換えたのである。
しかしそうは言っても、今後もウロボロスからマスタングの命を守るためには、「人柱候補」に仕立て上げる他はな
かった。従って、「扉」の件はほとんど「大義名分」に近いと思われる。
ただし、「(マスタングが)優しすぎるのは、強さであり弱点」と観察している所を見ると、「もっと鍛えるためにも扉
を開けさせよう」との心づもりも含まれているのかも知れない。
だが……なぜここでブラッドレイがマスタングを鍛えなくてはならないのか。
その答えは、あとわずかで示されそうである。
考察の決定打となるのは、2005年5月号における、ブラッドレイとプライドとの会話である。
マスタング一味に先に一手を取られた(=グラトニーを捕虜に取られた)状況を、ブラッドレイは驚くべきことに「楽
しい」と表現したのであった。ここで彼は、物語始まって以来初めて自らの内面を吐露している。
その内容は単なる人造人間の域を超え、実に複雑な感情を匂わせるものであり、「人間として」生きる唯一のホ
ムンクルスの悲哀すら感じさせる。作者が単純な「勧善懲悪物語」を目指しているのではないことが、如実にくみ
取れる名場面である。
ざっと要約するならば、以下のようになるだろうか。
自分は父の思うままに生を受け、父の思うままに前進してきた。しかし、ここにきて父の敷いたレール通りではな
い、予想外の出来事が続いている(マスタングの暗躍、等)。それは意外なことに、自分にとって「少し楽しい」。
もうすぐ若者たちの時代が来るのだろうか……。
対するプライドの答えは、エンヴィーなどよりは客観的なものの、やはりウロボロスのものである。曰く、
(お前は)人間と長く接しすぎたのではないか。しかし、その「反逆」ともとれる発言は父には内密にしよう……。
ストーリー上、ここにきて初めて「反逆」という言葉が使われていることは大きい。読者の目にも、大総統ブラッドレ
イは「絶対悪」ではなく、すべての黒幕は彼をあやつる父・ホーエンハイムであることが、ここではっきりと示されて
いるのである。
これは声を大にして主張したい点である。なぜならそれは取りも直さず、ブラッドレイがマスタングとホークアイの
「敵」ではないことを意味しているからである。
では、彼は何か。敵でないのならば、ブラッドレイは味方なのか。
そして、「時が来たら」というその「時」とは、いつなのか。
もうお分かりのことと思うが、その「時」こそ、「ブラッドレイが大総統の椅子を後継者に譲った時」なのである。
ブラッドレイは2人の味方であり、そしてその「後継者」こそ、他でもないロイ・マスタングなのだと思われる。
3: 次期大総統夫妻
ここに、私は結論する。
キング・ブラッドレイは遠くない将来、マスタングに大総統の座を譲るつもりである。
なぜなら、それだけが彼に可能な、父・ホーエンハイムに対する最大限の「意思表示」となるからである。それは
同時に、ブラッドレイがその生涯で唯一「自分の意思で」成し遂げた、「存在表明」ともなるであろう。
ホムンクルスゆえに「子孫」という形では自己を残せない彼は、そういったやり方でしか「存在した証」をこの世に
刻めないのである。
このように考えることで、すべての辻褄が合ってくる様子を再検証したい。
あの病室での台詞、「時が来たら存分に働いてもらう」とは、「マスタングが政権を得たら、それを補佐せよ」という
意味に他ならなかった。
(ここで注意を喚起したいのは、、第10巻でマスタングの機知に命を救われたマリア・ロスが、同じく「時が来たら
命をかけて働く」と言っている事実である。これは興味深い一致ではなく、作者の意図的な伏線である。つまりは
ロスも「マスタングが政権を握る際には命をかけて働く」と言っているわけで、その「時」がすでに物語の未来に組
み込まれていることが分かる。)
そして、ヒューズの葬儀の際に震えていた手は、「あれほど釘を刺したのに、早まりおって」という、行き場のない
怒りとも思える。
「扉」を開けさせてマスタングを鍛えようとするのも、「這い上がってみよ」という親心に近いのかも知れず、最愛の
パートナーであるホークアイを引き離したのも、「一人でも前進せよ」というスパルタ式教育法なのかも知れない。
なぜ彼がマスタングを選んだのか……。
それは恐らく、彼だけがブラッドレイに真剣に刃向かってきた人間だからであろう。
突発的に、あるいは無計画に、ブラッドレイの軍事優先政治に楯ついた例は数多くあったに違いない。しかし、「軍
の組織を登りつめてゆく」という正攻法でトップを狙った人間は、マスタングが最初だったのではないか。
要は、ブラッドレイは彼の「反抗心」を快く思っているのであり、彼を指す「若僧」という呼び方には密かな頼もしさが
込められているように思う。
ここで一部の読者が疑問視する可能性があるのは、「マスタングはいいとして、ホークアイまでも助けてやる義理
がブラッドレイにあるのか」という点であろう。
その点も、今の段階ではまったく心配がないことを、次に説いてゆきたい。
ここで重要なのは、ブラッドレイが「子孫を残せない」という事実である。
本誌11月号でのマスタングとのやり取りにあって、ブラッドレイが自分からヒューズの娘・エリシアについてコメント
し始めた点は非常に興味深い。「子供」という特殊なもの、ブラッドレイがついに得ることのできない、血のつながり
という安心感……その代表として、エリシアのことが語られているのである。
あの葬儀の際、父親を呼びながら泣きじゃくったエリシアを、「うるさくて腹が立った」とブラッドレイが評した(つま
り、あの震えていた手は腹が立ったせいだ、という意味)ことは、完全なフェイクである。
今の時点でマスタングがそこまで思い至るはずもなく、彼にとっては「ブラッドレイ=ヒューズ殺しの一味」であるの
は仕方のないことだが……あの震えていた両手は、やはり偽物ではなかったと思われる。
それは、せっかくの愛児を持ちながら、子供のために自身を守りきれなかった父親・ヒューズへの、やるせなさと怒
り、に違いない。同時にまたセリムについて、「あの子は私の弱点とはならない」と明言するのも、実の子ではない
ためと考えられるのである。
さて、私の言いたいのは、それほどまでに「子孫」に羨望を抱くブラッドレイが、後継にと目をかけるマスタングの
花嫁候補筆頭であるホークアイを、わざわざ闇に葬るはずがない……という理屈である。
(当然ながらブラッドレイは長期に渡ってマスタングとその副官のペアを観察してきたのであり、彼の透徹した「目」
の威力を考えれば、彼らが公私にわたって最も近しいパートナーであることなどは、とっくに見抜かれているはずで
ある。)
従って、ホークアイをマスタングから引き離し、自らの目の届く場所に置いたのは、まず間違いなく彼女を保護する
ためであろう。なぜなら彼女は錬金術師ではなく、ウロボロス党にとっての利用価値は「マスタングを動かす材料」
以外にないからである。
さて……ここに、1つの未来図が見えてこないだろうか。
ホーエンハイムの野望が打ち砕かれた後、大総統の礼装に身を包んだマスタングが、ファーストレディとなったホー
クアイの手を取って就任式典の壇上に上がる、華々しいシーンである。
そこには、もしかするとブラッドレイの姿はすでに無いかも知れない。しかし、ヒューズが適任のはずだった仲人の
役目を、彼の替わりに成し遂げたのは……他でもないブラッドレイだったかも知れないのである。
4: 怒り
最後にもう一つ。
ブラッドレイが時おり垣間見せる「憤怒」の表情は、何に向けられているのか。それは、今もって謎である。
7つの大罪の1つとして、父・ホーエンハイムによって色づけされたものとは言え、その表情が彼のパーソナリティを
示すシンボルには違いないと思われる。
かつてラストも口にした、「愚かで弱い生き物」である人間の、その愚かさ、弱さへの怒り……それがあの表情なの
であろうか。それとも、完全なホムンクルスでも完全な人間でもない、中途半端な自分に対する怒りなのか。
私は、第12巻収録分にて隣国の皇子リン・ヤオに、「あなたは真の王にはなれない」と決めつけられた際の、「唾棄
すべき理論」と吐き捨てたブラッドレイにこそ、彼の単純ではない心情を見るのである。
それは、正義などという甘い言葉に浸っている暇もなく父にあやつられ、一国を力で支配しなければならなかった彼
の、歯がゆさから燃え上がった文字通りの「怒り」ではなかったか。
しかし、世界を変えてゆくのは往々にして怒りのエネルギーであることも、また真実かも知れない。
今後の彼はどのようにその怒りをポジティヴに、コントロールしそして昇華してゆくのか。
自らに憤怒する男。
我々は、その怒りに、2人の未来を託す。
備考:この考察の後、第54話において「お父様」がホーエンハイムではなかったことが判明しています。ご了承下さい。
2005/11/2
文責:鈴々
(この考察をもとにSSを一本書いてます☆興味おありの方はこちらからどうぞv)