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「ミス・ホークアイ。あなたは、士官学校を受験したいと思われたことはあ
りませんか?」
リザはゆっくりと、怪訝な視線を相手に向けた。
まったく意外な方向に話が飛んだために、すぐには相手の意図を計りかねた
のである。
先ほどまでの、とがらせすぎた鉛筆のような鋭さは鳴りを潜めていた。
わずかな怯えを含んだその表情に、マスタングはようやく彼女の年相応な可
憐さを垣間見たように思った。
「なぜそんなことを?」
「あなたはさっき、この国には革命が必要だとおっしゃったが……私の観察
していたところでは、まずあなた自身にこそ革命が必要なのでは、と思った
ものですから」
「……聞いていらしたのね、さっきの会話を」
リザは視線を落とし、ふと微笑んだ。
相手はパーティー会場でお偉方の足元を調べるような男なのだ。
当然ながら、彼女の一部始終も観察され、データを取られ、分析にかけられ
たに違いなかったのだ。
それなら、相打ちで帳消しではないか? と、彼女は苦笑したのである。
金糸のような長い髪を後ろに払いながら、リザはさばさばした態度で相手の
問いに答えた。
「その通りですわ。本当はわたし、軍人になりたいのです」



マスタングはテーブルに置いたグラスを押しやり、椅子の背にもたれて聞き
役に回る姿勢を取った。
「なるほど。でも、将軍閣下は反対されておられるんですね?」
リザは整った眉をわずかにひそめた。
「よくお分かりになりましたね。もしかしたら、その理由までも貴方には見
透かされてしまうのかしら」
「いえ、そこまでは……。ああ、ひょっとして、あなたと閣下の姓が違うこ
とが関係しているのかな」
リザは肩をすくめた。
「ご慧眼ですこと。ええ、その通り……祖父には男の子ができませんでした。
ですから、わたしが生まれるとき、皆は今度こそと期待をしたそうです」
「……」
「もうお察しでしょう? 期待外れだと思われて育つことが、いつのまにか
わたしに銃を取らせたのです」



マスタングは立場上、取りなすように言った。
「でも、あなたが大切にされていることは、初対面の人間の目にもよく分か
るくらいですよ」
「だから困るのです」
リザは強い調子で断定した。
いつしか、琥珀の瞳には小さな炎が揺らめいていた。
マスタングは目の前の少女の変化を興味深く見守っていた。
容姿のせいか、滅多に心を動かされないように見えるこの少女は、思ったよ
りもずっと激しい気性の持ち主なのかも知れない。
「さっき、貴方は仰いましたね……お菓子のように平和な世界で暮らせと。
そう。誰も彼もが、そこで暮らすようにとわたしを説き伏せるのです。でも、
わたしはもう子供ではありません。そんな世界はまやかしで、真実の世界は
別にあることくらい知っています。知っていてどうして、これ以上お菓子の
国になど暮らせますか? その世界でなら……わたしはおままごとの人形で
いなくてもいいでしょう。その世界でなら、わたしの銃はオモチャではなく
て、何かを成し遂げるための理由を持つでしょう。わたし……嘘の平和など
いらないんです。むしろ、真実の混乱の中であがいていたいのです」
静かに、だが決然と言い放つと、リザはぎゅっと唇を噛みしめた。



「……失敬だが、あなたは今お幾つでしたか」
「17歳です」
マスタングは懐かしむような思いで目の前の少女を見つめた。
彼女の言葉の中に、ほんの数年前の自分を見る気がしたのである。
彼は他人の世話を焼くことを労力の無駄と信じる人間であったが、なぜかこ
の時は理由もなく、この少女を放ってはおけないと感じた。
一つには、他人の秘密を暴き立てた自責から、必要以上に自分の内面も吐露
してしまう、目の前の少女の生真面目さへのねぎらいもあったろうか。
マスタングは穏やかだが低いトーンの、誰もが記憶に留めずにはいられない
独特の声音で言った。
「ミス・ホークアイ。話して下さって有難う。もちろん私は部外者で、何の
お力にもなれないが……一つだけ助言をさし上げてもよろしいかな」
「どうぞ」
「あなたが何かを選ばねばならないとしたら、それは今だ」



「……」
「今、お選びなさい。人間はね、なされるがままに生きてゆく生き物ではあ
りません。自分の生きやすい場所を選ぶ生き物だ。そしてもし、場所が見あ
たらない時は……自分の足元を生きやすく変えることも許されているんです」
リザはうつむいて相手の言葉を聞いていた。
野心を正当化するつもりか、と言いそうになったが、思い直した。
「私は、足元を変えることを選んだ人間だ。決して正義の使者なんかじゃな
い。むしろ卑怯者と言われることの方が多いくらいです。でも、私はそんな
些細なことは気にしません。何故だか分かりますか?」
リザは無言で首を振った。
「何よりも、どんな事よりも、私が生きやすい方が優先だからです。不遜で
も、傲慢でもいい。誰に何を言われようと、私は私の心地よい場所を自分で
手に入れるつもりだからです」
「……」



テーブルを挟んで、2人の視線が交錯した。
リザの中で、この青年に対する警戒の身構えは急速に失われていった。
彼女は不思議なほど新しい気持ちで、目の前の年若い僣主を見つめた。
相手のきついまなざしの中には、鋭いが誠実な光が認められた。
それは、両親や祖父でさえ与えてくれなかった、彼女に初めて向けられた正
しい理解のぬくもりであった。
遠くで、何かが始まりかけているのを、彼女は敏感に感じ取った。
今夜、ここに来るまでは予想もしなかった邂逅が、実は自分の最も望んでい
た出会いだったのかも知れないと思い当たり、リザは何故か声をあげて泣き
たい欲求にかられた。
彼女は必死に別の質問を考え出した。
「あなたの……2つ名は何とおっしゃいましたか。……マスタングさん」
意図して階級で呼ばなかった彼女に、マスタングは苦笑した。
「焔、ですよレディ。焔の錬金術師。そろそろあちらへ戻りましょうか?」
「……ええ」