A Cozy Cozy Room








その日、司令部はちょっとした祭のムードに包まれていた。
理由は、一人の佐官に新しい副官が配属されるということ。
文字通りただそれだけのイベントであったのだが、その佐官が軍部でも指折りの
問題児であること、そして新任の副官が若い女で、どうやら軍の大物の親族であ
るという噂が下士官のあいだを駆けめぐったため、周囲の部下達はそれぞれに憶
測を重ね合い、ゴシップの臭いのするこの任官式を興味津々で迎えたのであった。

ロイは一抹の不安を抱きながらも、一切のそわそわとした態度を自分に禁じて、
執務室の椅子にどっかりとふんぞり返っていた。
(あとは彼女の出来次第、か……)
思えばこの日を迎えるまでに、どれだけの無理を彼女に強いてきたことだろう?
すべてが彼女自身の意思だとはいえ、副官として自分の隣りにと望んだ以上、責
任の半分はロイのわがままにあったとも言えるのだ。





まず、通常よりもはるかに短い仕官訓練期間のことが大きかった。
彼女の祖父である中将の権力によって、書類上は容易に処理が進んだものの、実
技の現場においても指揮官たちを納得させられたのは、100%リザ自身の努力のた
まものであった。
体力を持て余す年頃の男子でも音をあげる過酷なカリキュラムを、お嬢さま育ち
の彼女がはるかに短期間で消化してゆく姿は、見ていて時に痛々しかった。
そして……特例として超スピードでの卒業の後、初めての任官先を告げた時のリ
ザの表情を、ロイは忘れられない。
それは「だまされた」と「願ってもみなかった」が複雑にミックスされた、普段
の彼女を知る者にとっては格別に見甲斐のある顔だった。
ともあれ、前途洋々たる国家錬金術師の副官ともなれば面目も保たれるし、彼女
の祖父にとってロイはすでに信頼に足る人物となっていたので、老将軍が二つ返
事でこの人事を快諾したのは当然と言えた。
「だまされた」本人のリザはと言えば、人目がなければ場所を選ばず密着してく
る男の側近役に気が気ではなく、しかし不平をこぼす前に頬が上気してしまう、
という状態で、辻褄の合わない何種類もの不安を同時に抱えているように見えた
ものだったが……。

そして任官までのあいだ、ロイはもちろんぬかりなく彼女と水面下での会合を持
っていた。軍部内で何かと敵の多い彼の位置づけから、必ず噂されるであろう彼
らの「仲」に関する追求の撃退法などを、彼女と綿密に打ち合わせておく必要が
あったためだ。

かくて……記念すべき「辞令の日」は、ついにやってきたという訳なのだが……。





その時である。
ついにノックの音が部屋中に響き渡り、一同はコミカルなほどに静まりかえった。
「入りたまえ」
ロイの声に正確に2秒遅れて、ドアは内側へ開かれた。
「失礼致します」
涼やかな声とともに入室してきた女性仕官を目の当たりにして、一同からごくり
と唾を飲む音が続いた。それほどまでに、彼女は際だっていたのである。
まず、何と言ってもその容姿であった。
短くそろえられた淡い色調の金髪が、なお映えるほどの白磁の肌。長いまつげに
縁取られた琥珀色の瞳は、くっきりと澄んで理知をたたえている。わずかにピン
クのルージュを乗せられた唇は、つややかだが甘さを否定するように引き締めら
れ、卵形に整ったあごのラインと調和していた。
青い軍服さえもが、彼女に合わせて作られたのではと思えるほどに引き立ち、そ
のすらりとした姿態が靴音も高く歩を進めるさまは、古代の勝利の女神か誰かを
思わせた。

細い手首が俊敏にひるがえり、寸分の隙もない敬礼がなされた時、一同は心酔の
溜め息を禁じ得なかった。
「お初にお目にかかります。このたび副官を拝命いたしました、リザ・ホークア
イ准尉であります」
凛とした、しかし一切の無駄な感情を抜き去られたその声には、周囲の男たちを
慄然とさせる何かがあった。若い女が来るという情報から、彼らがそれぞれに抱
いていた品のない妄想を、それは一瞬のうちに打ち砕いていた。
そればかりではない。
今や、彼らはそんな低級な想像をえがいた自分をかえりみて、各々に恥じていた。
この女神のような女性士官に対し、それはあまりにも高潔の対極にある仕打ちだ
ったと後悔したのである。

ロイはそんな部下たちの表情を盗み見、こみ上げる笑いをごまかすように咳払い
をしてから口を開いた。
「ご苦労、ホークアイ准尉。改めて名乗るが、私がロイ・マスタング少佐だ。今
日から直属の副官としてよろしく頼む」
「はい。未熟者ですが、微力を尽くさせていただく所存です」
「うむ。ここは文字通り国家の中枢だから、心して励んでくれたまえ。しかし、
つくづく私も運がいいな。君のような美女を横にはべらせて、他の佐官から妬ま
れなければいいのだがね。ははは」
歯の浮くような上官のセリフに、他の部下たちは内心で憤然とした。
男どもはみな一様に、これまで縁もゆかりもなかった騎士道精神に目覚めつつあ
ったのである。
しかし、姫君である当の彼女は、彼らの想像をはるかに超えるやり方でこれに応
対した。
眉ひとつ、頬の筋肉ひとつ動かさず、完璧に上官の言葉を無視したのである。
さすがの上官もその絶対零度の沈黙には耐えきれず、場を取りつくろうように咳
払いを繰り返した。
下士官たちは勝利の目配せを交わし合い、尊敬の眼差しでリザを見つめ直した。

「え、ええと。そ、そうだな。では一人ずつ彼女に紹介してゆくか」
他の部下たちと引き合わせる間じゅう、ロイは居心地の悪そうな様子をしていた。
そして新任の副官はと言えば、感情そのものの有無を疑いたくなるような冷たい
美貌を少しも崩さなかった。
しかし、形式的なやり取りも半ばにさしかかった頃、またも一同は騎士道を思い
出さねばならなくなったのであった。
性懲りもなく、彼らの上官は副官の腰に片手を回そうと試みていたのである。
けれど……彼らの心配をよそに、新任の准尉は再びD難度の荒技をやってのけた。
さもバランスを崩したように後ろに一歩下がるふりをして、上官の足を全体重で
踏みつけたのである。
「……っっ!……っっっ!」
「あ、申し訳ございません」
さすがに鍛えられた少佐階級とあって、上官は悲鳴こそあげなかったが、その苦
悶の表情には足の痛み以上の何かがアピールされていた。
他の男たちはすでに尊敬を通り越し、畏敬の眼差しで副官を見つめていた。

簡単な紹介が一通り終わると、ロイは少々やつれた表情で一同を見渡した。
「さて……では君らは持ち場へ帰っていい。准尉はまだ打ち合わせがあるから、
部屋に残るように。いいな諸君、以後、彼女に色々と教えてやってくれ」
「よろしくご教示願います、皆さま」
「あ、こちらこそよろしくお願い致します、准尉殿」
リザのぴしりと鋭い敬礼に、部下たちはぎくしゃくと敬礼を返しては、順に部屋
を出て行った。