◆ボーイミーツマダム、マダムミーツグランパ◆





**** 本誌2008年10月号より、マダムとグラマンをめぐる人物出会い相関図考察 ****


※コミックス未収録部分のネタバレを含みますのでご了承下さい。





もはやタイトルはヤケですが、緊急考察第2弾です。
本誌2008年10月号において明かされたマスタング家の養子縁組の謎…
しかし謎はマスタング家だけに留まりません。当然ながら、彼らを取り巻くあらゆ
る登場人物たちに波及してゆきます。その中でもロイの元上司であり、実は未来の
妻(v)の祖父であり、今やクーデターの片棒をかつぐ「タヌキ」なグラマン中将
は、一体マスタング家とどのように出会い、どこまでつながっているのか…??

これはもうね…はっきり言ってどんな可能性でも有り得ますし、しかも作品の中で
はほとんど明確に描かれずに終わりそうな予感も…。
でも、それでも考えなければ収まらないのがファン心理というものですよね!
というわけで、ここでは私的見解として「妄想をできるだけ含まずに」考えた結果
を記しておこうと思います。あくまで「できるだけ」ですけど(笑)
皆さまの何かのご参考になれば幸いです。


まずとにかく気になるのが、マダムとグラマン中将が互いに見知っていて、それも
ロイを中心にして諜報行為を共謀するほどのツーカーな仲だ、という点ですね。
それが表向きは「バーのマダムと通い客」という関係に見せかけられていることも、
過去の電話シーンなどから確かです。
では一体彼らはいつからそんなに親しくて、お互いどこまで知っているのか??
まずは気になるところ、「ロイとグラマン中将」と「マダムとグラマン中将」の、
それぞれの出会いの形や時期についてを考えてみます。これは個人的に主張してい
る「穏健派将校=ロイの父親説」を考慮に入れるか入れないかでまったく別の考察
になりますので、ここでは思いきって「父親説を前提として」いってみることにし
ます。
ロイ+マダム+グラマン+穏健派将校、そしてリザ。5人の出会い相関図です。
最初にポイントとなるのは、かつて中央に勤務していたグラマン中将が、いつ東方
司令部へと左遷されたか…でしょうか。これは年表と首っ引きですね(笑)

…というわけで、取り出しましたるは便利なPFG2。
これによれば、今月号の時点で作中時間は「1916年の4月頃」ということが分かりま
す。(計算の鍵になるのはエリシアちゃんの年齢ですv)
さてまず、閣下が大総統の座に就いたのが約20年前の1895、6年頃。
そして穏健派将校事件、イシュバール戦勃発が1901年。この時点でグラマン中将は
東部にいたわけですから、彼がレイブン中将の誘いを蹴ったために左遷されたのは
1895〜1901年までの間のいつか、ということになります。
これは閣下が就任と同時に軍の上層部を「不死の軍隊計画」へと引き込んだという
裏付けにもなりそうです。
(ただし上層部の近くには常にセリムがいたわけですから、閣下の就任前までの軍
がまるっきり白だった、とも言い切れませんよね。)

一方、ロイが生まれたのは1885年、東部にて。
ですからイシュ戦勃発の1901年には16歳。もしも穏健派将校がロイの父親だった場
合、この時期にマダムの養子となって士官学校へ入ったとしたら計算はぴったりで
すね。もちろん、もっと早い時期に(母親が早くに亡くなっていたなどの理由で)
養子縁組を済ませていた可能性もありますが、ロイの言葉遣いや礼儀正しさを見る
限り、どう考えても彼はお坊ちゃま育ちとしか思えないので…(笑)
(あのホークアイ家を「極貧」と表現したのも、それなりの育ちだからですよね)
ひるがえってマダムは、長く水商売をしていた人らしく言葉遣いもはすっぱですし、
ロイがその影響を直に受けつつ幼少から育てられたと考えるにはちょっと違和感が
ある気がします。
それに、片親がまだ生きているのに幼少から養子にゆくのも珍しいことですよね。
以上の点から、2人の養子縁組はロイがほぼ人格形成を終えた後に行われたと推測
します。
(ただし、マダムがロイの親戚であれば彼が幼少からマダムを慕っていたとしても
不思議はありません。今月号を見る限り、2人はとても仲良しさんに見えましたか
らねv個人的には「マダムはロイの母方の叔母説」を主張いたします)
この辺りのことは先にアップした考察#13「マスタング家の謎は磯野家を超えるか」
にも書きましたので、興味がおありの方はご参照下さい。→

でもやはり、今月号でロイを尾行していた軍の密偵にも調べがついたということは、
戸籍の上でも正式な養子縁組であることは確かなのでしょう。しかしそうすると、
戸籍にはロイの元の姓も記載されているでしょうから、穏健派将校との血縁が密偵
どもにバレたのでは…。という心配も、店の爆発と共に吹き飛びました(笑)その
辺のことに手ぬかりのあるロイではない、か。

さて、あとはマダムの店が当時どこにあったのかも重要ですね。中央か、東部か。
というのも、今月号でおシャカになったあの店はどうやらロイが出資をしている様
子でしたが(また買ってあげるから←このセリフほんとカワイイv)、彼が国家資格を取っ
てじゃんじゃん蓄財するのは、まず普通に考えてイシュバール戦以降ですよね。だ
からマダムはそれまでは別の店を持っていた可能性があるのです。
もし東部に店があった場合、彼女とグラマン中将の出会いは左遷後ですから1895、6
年以降。
しかしもし中央だった場合は、彼らは閣下が政権を執る1895年よりも以前から、つ
まりグラマンが左遷される前からすでに「店の主と客」の関係だった可能性があり
ます。個人的にはこちらを推しますね。グラマン中将の武勇伝?は有名みたいだし、
マダムも若い頃はきっと美女だったのでしょうからv
(マデリーンの証言によればあのレイブン中将もマダムの店に来ていた様子ですし、
もしかしたら彼女の店は「軍のお偉いさんの行きつけバー」として知られていたの
かも知れませんね。何て諜報活動にうってつけのバーなんでしょう(苦笑)うがっ
た見方をすれば、あの店はロイ専用の「軍上層部用の諜報バー」として作り替えら
れたとも考えられます。ロイに野望ができた後にね。なぜってあの爆破装置!ぜっ
たい昨日今日に仕掛けられたものではありませんよ。いつでもああして逃げられる
ようにロイは以前から準備済みだったのです。)

では一方、ロイとグラマン中将の出会いはどうかと言いますと。
彼は1908年に23歳でイシュバール殲滅戦に参加、翌1909年には東方司令部に勤務し
ています。もちろんこの時の直属の上司がグラマン中将なわけですが、実はロイの
士官学校卒業はもっと早い1904、5年頃なんですよね。(ちょうどその頃に師匠のホ
ークアイを訪ね、礼服姿で卒業の報告をしたら目の前で死んじゃった!というアレ
です(苦笑)以前にも書きましたが、当時リザは15、6歳。その時の彼女の決断から
ロイは焔の錬金術師となり、ロイアイのすべてが始まるわけですが、これは過去に
すでに書いた考察です)
つまり、ロイの卒業から1908年までの約4年間の動向は読者には今のところまったく
不明なのです。もちろんこの間に国家試験を受けて国家錬金術師の資格を得ている
のは確実ですが…。
従って、もし卒業してすぐに東方司令部に任官していたなら、ロイとグラマンの出
会いは1904年頃ということになります。(エドの時のように、国家試験の合否とか、
「2つ名」の授与なんかをロイにしてくれたのはグラマン中将だった可能性が高い
ですしね。これも過去に書いたけど;)
ま、どちらにせよロイよりもマダムの方がグラマンとの出会いは早そうだ、という
ことでここは結論としますが…。


しかし。しかし、です。話はそう単純ではないんです。

彼らの出会いは、このままなら「偶然の導きだった」と考えるのが最も自然ですが、
ここで穏健派将校の件を考慮に入れた途端に複雑になるのですね。

そう、もしもロイの父が穏健派将校で、エンヴィーに陥れられる時まで中央司令部
に勤務していた場合、同じ勤務地の将校同士で顔を知らないということがあるでし
ょうか?イシュ戦勃発時は東部に左遷されていたとはいえ、閣下が政権を握るまで
は中央で野心を燃やしていたグラマン中将なのです。
とすると、もちろんグラマンは穏健派将校を見知っていたことになりますよね。
互いの意見も合いそうだし、仲の良い友人同士だったかも知れません。(ただ、当
時グラマンは50歳前後、穏健派将校がロイの父なら推定30代後半〜40代で、多少年
齢の隔たりはありますけど)
そうすると、1895年当時で10歳になっていたロイは父親からグラマンの話を聞かさ
れていたかも知れません。「変装が趣味の面白い人でね」なーんて(笑)
更にもしかすると、面識もあったりして。
「中将、息子のロイです」
「利発そうで先が楽しみな息子さんだねぇ」
「いえいえ…中将には確かお嬢さんがいらしたんでしたね?」
「うむ…それがなぁ。ちょっと前につまらん男と駆け落ちしてしまって…」
…などという会話が将校とグラマンの間で交わされたかも知れません。
そうすると、後に東方司令部勤務となるロイは、父親の不幸な事件に同情したグラ
マンに引き抜かれた可能性も出てくるわけです。その後グラマンが孫娘のリザとロ
イとの仲を応援し続けるのも、ロイに特別な親近感を抱いているためと考えればご
く自然ですよね。
(ちなみに。KRの龍華さんも言っておられますが、オリヴィエ様の父君・フィリ
ップさんもこの時期にはまだ現役将校だった可能性が高いです。そうすると、彼も
またグラマンや穏健派将校をよく見知っていたことになりますね。あのイシュ戦の
発端の射殺事件について、フィリップさんはどのような感想を持ったのでしょうか。
キャラクター同士のつながりがどこまで本編で明かされるのかも興味深いところで
すよね。)
更にこの線でゆけば、ある日穏健派将校が「良い店を知っていますよ」と言ってグ
ラマンを連れて行った先がマダムの店だった…という、そんな出会いの可能性も当
然出てきます。もしもマダムがロイの叔母であれば、それはものすごくありそうな
話ですよね。

このように、そちらの線で考えてゆくとロイの周辺とグラマン中将の関係はにわか
に密接になってくるわけです。ロイがいかにして親を亡くし、どういった動機で軍
を目指したのかを、中将もマダムと同じようにすべて知っていることになる…。
いわば父親代わりに近いですね。それはそれで、更なる萌えを可能にしてくれそう
な設定ではあるのですが…。


ですが、個人的にはそれは有り得ないと結論します。(ここまで大風呂敷を広げて
おいて何ですけど笑)
それではロイの周辺はすべて「身内」で埋めつくされてしまう。キャラクター同士
が一緒くたになりすぎるのです。ストーリーの上から見ても、リザが彼の師匠の娘
だったこと、グラマンがリザの祖父であること、この2点でもう読者は満腹だと思
うんですよね(特にロイアイ好きではない読者にはね…苦笑)。「穏健派将校=ロ
イ父説」ですら、正直言って主張している私でも少々濃密すぎると思うくらいです
から。
そして、最たる理由は「今後もう新たな伏線は張られない」ことです。
現時点ですべての伏線はすでに提示済みで、回収段階のはず…。
しかし、上記のようにロイ周辺とグラマンが約20年前から密接につながっていたと
判断できる具体的な描写や、セリフの中での伏線は今のところほぼ皆無なのです。
構成の鬼である牛先生が、反則に近い「後出し」をここでやってくるとも思えませ
ん。
とすれば、現在までの材料で説明しきれない部分はすべて「読者の想像にまかせて
OK」と牛先生が判断したということになります。(こういった消去法が有効なの
も、この作品がものすごい緻密さで描かれているせいですが。)

そうすると、現時点で最も無理のない相関図はどうなるでしょうか。
まず、穏健派将校は中央ではなく東部の人だったと考えるべきでしょう。エンヴィ
ーが彼に化けて射殺事件を起こした時、恐らくアリバイの主張も通らなかったと思
われるのは将校が東部にいたからです。
そして同時に、グラマン中将の左遷は穏健派将校の処分と入れ替わりだった可能性
が出てきますね。東方司令部に将官クラスは常時1人のようですから。
そうなると、事件のあった1901年頃から師匠ホークアイのもとへ錬金術修行に行っ
たはずのロイは、中央からではなく東部から修行に行ったことになります。こちら
もこの方が距離が近いし、もともとロイは東部出身なのだし、自然です。
ただ、マダムの店があったのは中央と東部、どちらも有り得ますね(すでに上で書
いたとおりですが)。そしてマダムとグラマン中将の出会いは穏健派将校を通じて
のものではなくて、やはり偶然の導きによるものだったと考えます。

この線で整理しますと、結局以下のようになります。


マダム・クリスマスとグラマン中将は店の主と客として出会い、昔なじみだった。
その後中将は1904〜09年までの間に焔の錬金術師ロイと出会い、その後マダムとロ
イの義理の親子関係を知った。つまり、グラマンが出会った時はすでにロイ・「マ
スタング」だった。
グラマンと穏健派将校とは恐らく面識はあったはずだが親しかったかどうかは不明。
将校とロイとの血縁についてはグラマンもまだ知らない。





長々と考えた割りには簡潔ですみません(苦笑)
でもこれなら、穏健派将校とロイとの血縁を知っているキャラクターはマダムだけ、
ということになります。そして今月号でそのマダムも表舞台から去りました。
すると、残されたのはロイ本人だけ…。
これならイシュ戦勃発の真犯人がエンヴィーであることをロイが知り、彼が自分の
出自を明らかにするシーンが今後ある場合、「その出自を以前から知りながら、知
っていたという意思表示をしていない人物」はいないというわけです。
よって反則は無し(笑)ですから、その場にいる(恐らく)エドやマルコーさんた
ちの驚きはそのまま読者の驚きになる…と言えば良いでしょうか?
何にせよ、やはり今までに伏線の張られていない部分にいきなり描写がやってくる
ことはないですよね。ですから、ロイ周辺でどのような出会いがあったかについて
の詳細な部分は、やはり明かされずに終わるような気がします。

また、マダムがいつ頃から自分の店や女の子たちを使って諜報活動を行っていたか
については、ロイがイシュ戦の中でトップの座を奪おうと決意した時から、と考え
たら自然かなと思います。
15巻の墓地でのシーンで、少女リザに軍人としての「青臭い理想」を語った若ロイ
には、どう考えても諜報活動の必要性を見出せません。(ウブウブでv)
やはり軍事の全権を意識してがむしゃらに上を目指すようになった後、ああいった
方法でマダムの協力を仰ぐようになったのではと思います。(その時に店を作り替
えたか、あるいは新しく買ったのではないかと推測できますね。自爆装置と脱出口
付きの店に替えたのよ笑)
また、マダムがグラマン中将のために諜報活動を行ったか否かについてはまったく
足がかりがありませんが、中将が自分で「枯れた年寄り」とか「消えかかっていた
野望」などと言っているところを見ると、少なくとも東部に左遷後の中将は諜報活
動を必要とするほどの上昇志向とは縁がなかったように見えますね。
しかし、まだ中央にいた頃には分かりません。かなりの野心家だった様子を匂わせ
ていますし…。どちらにせよ、これもマダムの店がどこにあったのかに左右されま
すね。中央かな、とは思いますが…。
(ただ、個人的には中将とマダムはそれぞれの孫娘と義理の息子をくっつけるため
にタッグを組んでいると確信してますので、そっちの諜報活動なら有り得るかも知
れませんねv(笑)「監視がいるってのにあの子たち、今日もこっそり店で待ち合
わせてたよ」とか、「馬鹿みたいにたくさんの花束を持ってきてさ、エリザベスち
ゃんの家には花瓶がないんだとか言ってねぇ」なーんて報告が中将に届くのですv
あはははーv養母に逆諜報されるロイアイ萌えv)

と、ロイの周辺はこのあたりまでが限度でしょうか。
すでにもう妄想の領域になだれ込んでいる気もしますが(笑)一応の結論といたし
ます。







さて、ではではお待ちかね!
今度はリザの方の動きを年表で追ってゆきましょう。


まずリザの年齢はロイの4〜5歳下ですから、1889〜1890年生まれですね。
とするとイシュ戦勃発時の1901年には11、2歳。
当時すでにリザ父に弟子入りしていたと思われるロイはリザの母と面識がないよう
ですから(墓地のシーンで「母はとっくに亡くなった」とリザが言っているため)、
どうやらお母さんは1890年代の早いうちに亡くなっていそうですね。リザは少しは
お母さんの記憶を持っているのでしょうか…(涙)
一方、1890年代のその頃にグラマン中将はまだ中央勤務でした。きっと野心のため
に血気盛ん、前途有望な頃だったのでしょうね。
リザの母は少なくとも1889年には父親グラマンのもとを去っていたはずです。この
時の理由とか何だったのか…?これも「駆け落ち説」や「妊娠して勘当された説」
など、今までに様々な憶測を呼びましたが、もちろん真実は闇の中。いえいえ牛先
生の頭の中です(笑)
鋼世界の結婚出産事情は現代日本よりもかなり早そうなので、リザを出産当時の母
親が20〜25歳で、そのリザ母はグラマン中将の25歳頃に生まれた娘だとすると、お
じいちゃんとリザの年齢差はだいたい45〜50歳くらいになります。
ということは、本誌の現時点で中将は70〜75歳くらいでしょうか。これでまだ現役
将校なんですから頑張ってますよね(笑)

問題はロイがホークアイ師匠に入門した当時、果たしてマスタング姓を名乗ってい
たのかどうか、です。87話感想にも書きましたが、修行途中で縁組みが行われ「今
日からマスタングになりました」というのは、有り得るかも知れないけどちょっと
格好がつきませんものね(苦笑)
それを考える前に、まずは錬金術師の修行期間が通常どのくらいなのかを知りたい
ところ。作中で術師の修行について描かれているのはエドアルとイズミの例だけな
ので、順に見てゆきますと…。
まぁもちろん、修行期間は能力によってそれぞれなのでしょうが、仮にエドアルの
場合が標準的とすれば、それは半年ほどでした。彼らが天才であることを考慮して、
普通はその倍かかるとしても、1年…?
イズミの場合(PFG2収録の「師匠物語」)は、何と言いますか本当の修行では
ないと言うのでしょうか、結局人違いだったわけなので、これは独学?(笑)
それともブリッグズ山の後できちんと錬金術師に師事したのでしょうか。(してな
さそう…)とりあえず、「一は全、全は一」の悟りを得るまでに要した時間は1ヶ
月でした。

というわけで、術師の修行は「案外短いのでは」という結論に…??
ロイだってかなりの才能を持っていると思うので(リザたんの背中の秘伝は並みの
術師では到底解けない暗号で書かれているのですから)、15巻冒頭の時点でロイが
まだ基本しか教わっていなかったのであれば、その修行は長くても1年ほどの期間
だったのかも知れませんね。(妄想的には5年くらいプリーズ!ギヴミー幼馴染み
萌え!…な感じですが;まぁ11歳と16歳で1年でもいいけど…)

そうすると、初めてホークアイ家を訪ねた時のロイが最初から「マスタングさん」
だった可能性は、どうやら誤差の範囲で生き残りそうな感じでしょうか?(穏健派
将校の事件から戦争勃発までに数ヶ月あったとか、士官学校は17歳からだったなど
の誤差で。)
ということは、もしも弟子入りの挨拶時などにマダムがロイに同行していた場合、
マダムも少女リザ(当時11、2歳)にその時会っていることになりますね。
もしそうだった場合、悲愴なまでの決意を胸に秘めた息子の隣りに立つ、凛々しく
美しく成長したその後のリザと再会した時のマダムの心中とは、一体どんなものだ
ったのでしょう…。
まずもって、「運命」の2文字を反芻せずにはいられなかったに違いありません。
でも、同じ色の軍服を身にまとい、並んで歩く2人の後ろ姿などを見た日には、も
う願うことなんか1つしか思いつかないですよね!絶対!
どうか2人一緒に幸せになってほしい、と。それだけ、それだけでしょう。
そしてもし、マダムがそれをぽつりとグラマン中将にもらすようなことがあったと
すれば、中将はその同じ願いを共有したくて矢も楯もたまらなくなり、実はね…と
自分とリザとの血縁をマダムに打ち明けるのではないでしょうか?
その意味では、彼らは真の「戦友」で「共犯者」なのですv




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かくして、マダムとグラマンの「ロイリザくっつけマル秘大作戦」はかように共謀
された…というところで、この何だか分からなくなってきた長い考察文を終了した
いと思います(苦笑)竜頭蛇尾を地でいっている感じですね;
「出会い相関図」と銘打ちながら、結果として何も新しい発見や仮説を見出すこと
はできなかった気がしますが、個人的には一度じっくりとロイアイ年表を組み立て
てみたかったので、ちょうどうってつけの機会となりました。
長々とお付き合い下さった皆さま、ありがとうございましたv



しかし、改めて「養母」はロイアイスキーにとっては神設定なのだなーと実感いた
しますね。特にイシュヴァール戦終了後の彼ら2人、「背中を預ける」という壮絶
かつ愛ゆえの約束を取り交わした2人を、母親として見守る人物がいた…というだ
けでもう何だか胸いっぱいといいますか、牛先生のあたたかさにしみじみと感じ入
ってしまいます。
一方のマダムの「戦友」、グラマン中将は、まだまだ本誌でも若い者顔負けの活躍
を見せてくれそうですし、何と言ってもその正体不明の「野望」によって、孫娘た
ちをちょっぴり困らせてもくれそうで楽しみです(笑)



さぁ。来るか穏健派将校!?
ものすごく格好いいロイが描かれる予感だけは、必ずや的中すると信じています!






スペシャルサンクス:☆夜さんv
この考察は☆夜さんとのおしゃべりの中で組み上がっていったものですよ〜♪
この場を借りてありがとうを言いますv





文責:鈴々
2008/9/29