七 夕
そもそもの発端は、国外からの、1通の手紙だった。
「シンに遊びに行っているキャスリンから絵葉書が来た。あちらの国は、天のみならず、
地上にまで瞬く星を生み出す技術があるらしい。」
オリヴィエが手にしている絵葉書はどこかの入り江に面する、かなり見晴らしのよい高台
から、山麓までを撮影した写真だ。
夜闇の中、黒々と広がる大地に無数に光る、人の営みのための明かり。それらの光の中に、
うまい具合に赤やら青やら緑といった光が混在しており、宝石箱のようだ。
写真の左上には、夜の海が写されており、湾を縁取る光に混じり、漁り火も瞬いているの
が見える。
「写真撮影の技術もさることながら、これらの光も珍しい色ですね。本当にきれいです。
これはものすごい技術だし、実に見事だ。」
「我が国にもぜひほしい、といいたいところだが、写真はともかく、光はあまり使い道が
ないな。せいぜい大総統閣下の生誕記念祝賀会の夜会にでも使われるぐらいだろう。まし
て、ブリッグズでは、無用の長物だ。」
こんなに目立つものをぎらぎらと要塞防壁に張り付けていたら、夜目遠目でもくっきりフォ
ルムが浮き彫りになる。どうぞ攻撃してくださいと言わんばかりの対象にされかねない。
「しかしながら、シンという国は平和なのですね。前に噂に聞いたところによれば、皇帝
がかなりの高齢で、いいかげん危ないということだったのですが。」
「ウチの国より落ち着いているところは、周辺諸国全てそうだろうが、マイルズ。というか、
四方八方を他国に囲まれて、年がら年中戦争ばかりしている国は、ウチ以外にないと言う
方が正しいだろうな。」
はがきの裏には、キャスリンたちから何か書かれているようだが、オリヴィエはすぐさま
文面を伏せて机に置いた。
「折角の美しい写真なのに、父上も母上も書くことは変わらぬな。」
どうせ、嫁に行けとか、相手は見つかったかとかの繰り言を、縷々綴ってあるのだろう。
「折角の観光旅行を堪能しているのなら、あちらの様子でも、もう少し書いて寄越せばい
いのにな――そう思わぬか、マイルズ?」
さらりとサインした書類を手渡しながら、オリヴィエはまた、『下らぬ』と呟いた。
「親御さんとしては、やはり閣下のことがご心配なのでしょう。ここは男が多いですから
ね。気性が野生の熊みたいなのも、何人もいますし。」
つまりは、襲われはしないか、ということだ。
「心配したからといって、なるときにはなるものだ。第一、その辺に玉の輿が落ちていて、
私のところに自動的に転がり込んでくるわけでもあるまいし――出来たぞ。」
山積みになっていた、未決済箱の書類は、すべてサインされて隣の決済済箱に移動され
ている。
マイルズは箱の中に手を突っ込むと、ではこれを戻してきます、とオリヴィエに断った。
「それはそうと、閣下。今夜、屋上で星でも見ませんか。シン国の伝説によれば、今晩は、
1年に1度だけ、相思相愛の星になった2人が、天帝に許されて逢瀬するという夜だそう
ですし。」
「懐かしいな、七夕伝説か。忙しいから断る――といいたいところだが、今日は結構蒸す
からな。屋上で冷たい酒でも飲むとうまそうだし、悪くはないな。それに、地下工房の連
中が、精度のよい望遠鏡を造ったからと先ほど私に渡してくれた。あれを見て、星たちが
どれだけ大きく見えるのかを確かめるのも良さげだ。幸い今宵はよく晴れるようだ。」
2人きりのハイペースで、軽く残業をした後の時間が終わると、外はすっかり夜である。
マイルズはコルク栓をしたソフトドリンクと、チーズとコールドミートを挟んだサンドイ
ッチプレートとサクランボ――果物は先だって視察に行った際、現地農場でとれたものを
もらったのだが――を手に屋上に上がる。飲み物を入れたのは、偶然か、ワインボトル。
冷えた薄緑の瓶は、星空が見える場所に着く頃には、軽く汗をかいていた。
オリヴィエは先に要塞屋上に来、歩哨台に近づいていて、見張りの兵士たちと話している。
「どうだ、あちらの国は?」
あちらの国、というのは北の大国・ドラクマのことである。
「異常ありません。特に肌で感じられるオーラというか、ピリピリした感触もないので、
今晩ならば、まずは大丈夫かと。」
「引き続き、警護を任せる。それはそうと、今日は見事な星空だな。」
軍トップがいきなり見張り台に現れたのだ。何事かと警戒していた兵士らは、ほっとした
表情で、オリヴィエの言葉に頷く。
「満天の星空というのは、こういう空をいうのでしょう。今宵は特に見事ですよ。」
「雲もないし、空がよく澄んでいますからね。」
そうか、オリヴィエはうなずくと、ところで、今日はこれを持ってきた、と兵士等に差し
出す。
「地下工房の連中が開発した最新型レンズだ。今のものよりもピントが合いやすくなって
いる。持った感触も軽い。双眼鏡で発見できないものを見つけるために、近日中に全歩哨
台のものを取り替えることにしたいと思うが、微調整したい。貴様らが使ってみて具合が
どうかを聞かせろ。」
兵士らはオリヴィエから望遠鏡を丁寧に受け取ると、まず――定番通り、ドラクマ方面を
眺める。
それから、四方をレンズ越しに覗いた後、空に向かって望遠鏡を向けている。
「軽いですね、これは。――すごいな、ああ、本当にすごい。星に手が届きそうだ。」
どれ、ともう1人の兵士が望遠鏡を手に取り、やはり感嘆したため息をついている。
やがて恭しく望遠鏡がオリヴィエの手に返される。望遠鏡越しに、オリヴィエも同じ方向
を覗くと、兵士等が感嘆したその星空が、目の前に確かにあった。
「すごいですね、これは。閣下、どうぞ、あちらへ――お二人で星空を見に来られたので
しょ?」
マイルズが手にしているものを見て察したらしい。年かさの兵士が2人を案内する。
「この辺なら、要塞正面玄関がよく見えますから、何かあったときも安心です。それに、
山脈の切れ目が、歩哨台より良いので、空がよく見えます。」
「何かありましたら、お声がけください。――特に、マイルズ少佐が酔ってご乱心しそう
になった時は、必ず。」
屋上の地べたにそのまま足を組んで座ると、マイルズが皿やコップを並べ、飲み物を注ぐ。
マイルズが持ってきたコップは2つ。だが、1つはひびが入っていたらしい。
飲み物を入れたとたん、ぽたぽた水漏れし、コンクリに小さな水たまりができた。
「これでは使いものにならないな。どれ――。」
マイルズはひびの入ったコップの中の液体を飲み干すと、座った場所から少し離れたとこ
ろに置いた。
それから、もう1つのコップに入った飲み物を手渡すと、これは2人で交互に使いません
か、とオリヴィエに提案した。
「私が飲むのが、こっちのクチ。貴様がこっちだ。」
だがオリヴィエは飲み物を口に含んだ途端、おや?という顔をする。
「アルコールが入っていないな?」
「残念ですか?でも、あちらで不寝番しているものがいるのに、いくら何でもここで酒盛
りは非常識かと。」
「貴様、堅物だな。」
よく熟した深紅のサクランボをつまみながら、星空をあかず眺める。
マイルズはアルコールの入らぬサングリアで酔ったふりをして、オリヴィエが口をつけた
側のコップから、薄紅色の液体を飲んだ。甘い匂いがする。
「こら、間違えるな。」
軽くグラスを拭った手袋に、自身のルージュが付く。マイルズはオリヴィエの手を取ると、
サクランボとルージュで赤く染まった指先に軽く口づけた。
「本当にきれいな星だ。」
指先を自身の身体に取り戻して立ち上がると、外面に面する塀の上に座ると、マイルズが
すぐ横に腰掛けた。
「見事な星空で、実にきれいだ――ああ、あそこに、流れ星が。」
望遠鏡から目を離さず、しかし身を乗り出して指さすオリヴィエに、マイルズは少しだけ
慌てながら「落ちますよ!」とオリヴィエの腰を抱き寄せて支えた。
「閣下は本当に困った方だ。高いところでそんなに暴れて万が一にでも落ちたら、本物の
『お星さま』になってしまうところなのに。」
「赤い2連星が道連れになる予定だ。」
また無言のまま、2人でしばらく星空を見つめる。
やがてオリヴィエの方がうん、と背伸びをし、ああ疲れたと塀から降りた。
「気持ちのいい夜だったな。」
オリヴィエの頬は、少し染まっている。彼女はそのま城塞屋上に寝転がり、仰向けのまま
また星たちを見つめることにした。
釣られるように、マイルズもすぐ隣で横になり、彼女の仕草を真似る。
「流れ星、私も見えましたよ。」
「願い事でもしたか?」
「はい。閣下が大総統になれますように、と。」
本当野願い事は、そんなものではなかった。いつまでも一緒にいられますように、という
ささやかで慎ましい願い。
少し経ち、どうも隣が大人しいなと思い、身体を半ば起こしてオリヴィエをみると、彼女
はゆるやかにまどろんでいた。
「オリヴィエ、オリヴィエ?風邪を引きますよ。」
自身の上着を脱ぎ、上からかけたが、オリヴィエは身じろぎもしなかった。
ただ、胸の呼吸上げ下げが、彼女が全くの平静心であることを伝えている。
マイルズは身体を完全に起こすと、両手でオリヴィエの身体を挟むよう、伏してさらに呼
びかけた。
「こんなところで寝ていると、襲いますよ?!」
「自信があるのなら、そうすればいい。」
自信がある、という言葉に、マイルズは少し手が止まり、そして、しばらく考えた。
自信があるというのは、肉体的に満足させるという意味だろうか。
あるいは、精神的に寂しくもかなしくもないよう、すっぽりと包み込むだけの度量のこと
を意味しているのだろうか――。
「そのように口にされると・・・仮に自信がなくても、精一杯頑張ってしまいたくなりま
す。」
オリヴィエが黙ったままだったので、マイルズは更に『それが、男というものですから』
と言葉を添えた。
ふいにオリヴィエが目を開く。
顔をのぞき込んでいたマイルズは、至近距離で目と目が合ってしまい、どぎまぎする。
「近いな――赤い星が降るというのは、凶事の前触れだと聞いたことがあるが。」
「そんなことはありませんよ、オリヴィエ。」
いいながらもマイルズは、オリヴィエの軍服の襟元に手をかけて下げ、うっとりとうなじ
に口づける。
「世界で最も美しい青い星にこうして触れられることが、私にとって、至福のひとときで
す。」
マイルズはまた軽く目を閉じたままのオリヴィエの瞼を、指先で軽くなぞる。
オリヴィエは自身の呼吸が知らず荒くなっているのに気づいた。
「戻りましょう、オリヴィエ。星たちに、貴女の上気した頬を見せつければ、空が丸ごと
落ちてきてしまいそうだ。」
吸い込まれそうな天海の星たち中、2つの星がきらり瞬くと、彼らがほんの少しだけ互い
に近づいていった気がした。
「あちらにいる見張り役たちも気遣いするでしょうし――第一、天の2人の逢瀬にも、も
うこれ以上邪魔だてなしにしなければいけない。・・・夏の夜は短いのですから。」
(FIN.)
先だってトップに置いていましたマイオリ七夕絵に合わせて
ブリッグズの礎のみやのみき様より超ロマンティックSSを
頂いてしまいましたv
な、なんて初々しくも艶めいた2人なんでしょうかーv
事情が許せば私も屋上の見張り兵となって、見てないフリを
しながら2人の行動をつぶさに観察したいです!ハァハァ。
みやのさん、素敵SSをありがとうございましたv
ちなみにトップ絵の時はセリフ入りでした。(こんなんです)
SSに合わせて赤い星を描き込ませて頂きましたv
アルビレオのようですね。さすが美しさNo.1…!
