One Possibility
「わぁぁおじさん背高いねー!」
「こら、落ちるぞ。しっかりつかまっていろ」
「次はぼくだぞ」
「だめっ横はいり!」
「ちがうや、おまえが」
「喧嘩はよしなさい、順番だ。みんな乗っけてあげるから」
「ねぇもっともっと歩いて!あっちへ!」
「…おいおい、髪をひっぱってはいかん…」
子供らのはじけるような笑い声が、広い園庭に響いては静まり、またはじける。
ブリッグズのすそ野にひっそりと建つこの孤児院に、視察という名目で2人の軍人が訪
れるのは、今日が初めてのことである。
冬晴れの空が背景によく似合う美しい金髪の女将校と、その影法師のように付き従う黒
メガネと銀髪の部下……というコントラストの強い組み合わせの2人は、しかしどうや
ら、この孤児院の管理者であるヤギに似た初老の男にとっては、あまりにも目に刺激的
すぎたらしかった。
男はろくに視線も合わせず、あごひげばかり気にしながら施設を説明して歩き、しどろ
もどろに所定のやりとりを終えるや否や、迎えの車の手配にかこつけて軍人たちを部屋
に残したまま、すぐには帰ってくる様子もなかった。
10分が過ぎ20分が過ぎ、やがて管理者への悪態をつくのにも疲れた2人は、先程すすめ
られたままに緑豊かな敷地を散策することに決めたのだが、それはちょうど午後の庭遊
びの時間と重なっていたものらしい。
たちまち2人の軍人は好奇心旺盛な大勢の子供たちに囲まれてしまい、仕方なく予定外
の慈善活動をほどこす羽目に至ったのだった。
しかし、初めのうちは優しく丁寧に質問に答えていた女上司は、機転のきかない数名の
子供たちによって「おばさん」と呼びかけられたことで、もともと耐久性にとぼしい堪
忍袋の緒を普段よりも早く切ってしまった。
そんなわけで、残された黒メガネの部下は小ギャングどもを一手に任されることになり、
「おじさんおじさん」と文字通りひっぱりダコと化しながら、急場のキッズシッターと
してあれこれと彼らの要望に応えてやっているのであった。
ひとしきり肩車や相撲の相手をしてやると、やがて子供たちは他の遊びを見つけたらし
く、笑いながら波が引くように去っていった。
最後に彼の肩から下ろされた5、6歳ほどの男の子が「待って待って」と皆を追いかけて
行ってしまうと、黒メガネの男はやれやれと銀髪を後ろで束ねなおし、遠くからありが
とうと叫ぶ声に手を振ってやってから、庭の隅に植えられた常緑の木立へと歩いていっ
た。
木立のあいだから、風にそよぐ金色の髪が見え隠れしている。
オリヴィエはとうに見学に飽きたのか、腕を組みながら木の幹に寄りかかり、目を閉じ
ていた。
しかし眠ってはいなかったらしく、その証拠に男が会話の届く距離に近づくのを待って
から、距離にちょうどよい大きさの声で補佐官を迎えた。
「大層な人気じゃないか。少佐殿」
「申し訳ありません。ずいぶんお時間を取らせてしまいまして」
「なに、急いで帰る理由もない。迎えの車もまだのようだし……もっと遊んで来てもい
いくらいだぞ」
ぱちりと大きな碧い目が開き、オリヴィエは部下の顔を見上げてにやりとした。
子供たちに「おばさん」と称された心の痛手はもう癒えたのだろうか。
マイルズは苦笑いをして首をふり、腰のあたりを拳でたたいた。
「いえ、もう結構。身体が保ちませんよ。1度に4、5人乗ってきたりするんですからね」
「それにしてはずいぶんと長く付き合ってやったものだ」
「ええ……遊んでやるような大人はいないと言うものですから」
「つくづくお人好しにできているな。貴様というやつは」
「ははは、昔から子供には好かれるタチでして」
「子供というのは分からん。貴様のような見てくれの大男を恐がりもしないで…」
「大人と違って、子供は見てくれに騙されないのではありませんか?」
するとオリヴィエは目を細め、シニカルに何度もうなづいた。
「ほう、なるほどな。“おばさん”などと言われるはずだ。私がこの容姿で騙せるのは
せいぜいウドの大木に育った大人の男共だけ、というわけだな」
「やっぱり気にしておられた」
「何がやっぱりだ?」
「いいえ!私は心から騙されておりますが!」
「わざわざ大声で言うな」
ふん、と横を向きながらも口元は笑っている。
マイルズの保有する膨大なオリヴィエ・データから分析するに、現在の彼女はかなり機
嫌の良い状態にあるらしかった。
何が彼女をそうさせているのかと不思議にも思ったが、今日のように要塞外での任務で
周囲に他人もいないとなれば、彼らのプライベートな仲を隠す必要もない。
そんな理由もあってか、彼らはいつになくオープンに、普段は交わさない会話を楽しん
でいた。
「しかしあれだ。お前には何というか…違う生き方も似合っていたのかも知れないな」
「はぁ。軍人の他にということですか?私が道をあやまったと?」
「うん。普通に家庭を持って、普通に子供を持って、普通に父親になっても、お前なら
それで納得して生きてゆけたろうにと…見ていてふと思った」
そうか、見ていたのか、とマイルズは意外にも思ったが口には出さなかった。
黒コートに残された子供たちの靴あとを手ではたきながら、何気なくこう返す。
「一度だけですが、ありましたよ。軍服を脱ごうかと真剣に考えたことがね」
「…ああ。なつかしいな」
その意味するところを察して、オリヴィエの目がふと遠くなる。
イシュヴァールの血を、むしろ稀少な価値観として自分の隣りで活かせと命じた日。
あの日がなければ、今の彼らはなかった。
「しかし、あの時のあなたの言葉が今の私を選び取らせた。前にも申し上げましたが、
それを後悔したことなどありません。これからも決して」
「分かっている…。それは私にとっても同じことだった。」
「?」
「お前の決断は、お前のその後を変えただけではなかったからだ。分かるなマイルズ」
「……はい」
それは、端的に彼らの秘めた関係を指していた。
確かにあの日までは、互いにその一線を越えることになろうとは考えもしなかった。
ふと、ある可能性に気付いて男ははっとする。
「少将、あなたは?その…今の我々を、一度でも後悔されたことはありませんか」
「ん…。そうだな…」
男の見つめる先で、オリヴィエはめずらしく言いよどむ。
そのわずかに戸惑った様子に、これは冗談ではすまされないとマイルズが言葉を継ごう
とした時である。
園庭の向こうから大きく歓声が上がり、2人は同時に子供たちの方を見た。
彼らはどこからか大きな縄を持ち出してきて、列になって縄跳びを始めたところだった。
しかし3人と続かず、すぐに誰かが縄に引っかかる。
そのたびに周囲からどっと笑い声がはじけ、ひっかかった子供をはやし立てる拍手が起
こるのだった。
その様子をまぶしそうに見つめたままで、オリヴィエは傍らの男に命じた。
「マイルズ。先に断っておくが、これから私が言うことを聞き流せ」
「は?」
「いいな?」
「はい…」
「実は、ふと考えていたのだ。万が一の話だが、私に」
「……」
「私に、お前との子供ができたら、その子の目は何色になるのだろうと」
驚きを精一杯隠しながら、マイルズは自分の命よりも大切な女を無言で見つめた。
それは彼が、彼女との秘めた関係を重ねるたびにそっと自問しつつ、決して我が口から
は話題に出すまいと心にとどめていた問いだった。
「少将…」
「紫、ではないだろうな」
「……人間そこまで安易にはできていないのではありませんか」
「ふむ…私の家では父と弟と私が青い瞳、母と妹たちはグリーンだ。お前の家族は?」
「はぁ、色々と複雑なのですが…祖父は言わずもがな、祖母と母はブラウン、父はオリ
ーブ色です」
「…とすると…」
「…可能性としては…」
「虹色?」
「虹色?」
異口同音にそう言って、2人は一瞬黙ってから同時に笑い出す。
「ははは……。こればかりはドクターに尋ねてみるわけにもゆかんな」
「少将、ぜひとも聞いて頂きたいことが」
改まった顔をした補佐官を、オリヴィエは即座に手で制する。
「聞き流せと言ったはずだ。気を回すなマイルズ。選ばなかった未来の1つくらい誰に
でもある」
「理解しております。ですが」
「くどい」
「いいえ、これだけは言わせていただきます」
「…こら待て」
咎めようとしたオリヴィエの声が途切れる。
ありったけの思いを込めて、マイルズは彼女を固く抱きすくめていた。
その息も止まるほどの力には、さしもの北壁将軍たる彼女も身動きひとつかなわない。
ふと振りあおげば、木立のはるか上に青一辺倒の空が広がり、冬の午後の金色の陽光が
彼らを包んでいる。
誰もが恋人にこんなふうにされたいと願う抱擁があるなら、それはこんな感じなのかも
知れないな…。
そう思い、一度は身を振りほどこうとしたオリヴィエは、すぐにそのまま身体を預けた。
その圧倒的な腕力の違いは、あまりにも身に心地よかった。
頭上から響く部下の声は、普段よりも少し低く聞こえた。
「少将。私は万が一のことがあれば…」
「その先は言うな」
オリヴィエはそのままの姿勢で、優しく男の言葉をさえぎる。
「お前の思考くらい分かる。軍服を捨てて保父になるとでも言うのだろう?」
「その通りです」
マイルズにはもう察しがついていた。なぜ彼女がさっき言いよどんだのか…。
しかし、彼女の中でそこまで大きくなっている自分の存在を知って彼が我が身に覚えた
のは、意外にも激しい嫌悪感だった。
夜を共にする関係にまで発展した今でさえ、彼女は自分1人のものであってはならない
という思いは、日夜を問わずマイルズの言動を戒めていた。
頭の片すみで、密かに彼女との子を望む自分とは完全に矛盾することを知りながらも、
男は万が一の事態など決して起こるべきではないと確信していた。
そして、マイルズがそこまで考えた上で言葉を継いでいることもまた、オリヴィエには
手に取るように察しがついた。
彼女が彼女の生き方を曲げないかぎり、この男は矛盾をかかえたまま歩むことになる。
その代わり、彼女がこの男のために女として応えてやれることは何か。
オリヴィエには何ひとつとして思い浮かばなかった。
気が付けば、彼らを結びつけているものは運命でも契約でもなく、約束ですらなかった。
何の報いも期待することなく、私に尽くすだけ尽くす男…。
ふとこの忠実な部下が哀れで愛おしくてたまらなくなり、オリヴィエは瞳をぎゅっと閉
じてマイルズのコートの胸に顔をうずめた。
ああ、それなのに。
と、彼女は思う。
それなのに、この場所はもう私にはなくてはならない場所なのだ。
そう、それこそ他の誰にも決して渡すものかと宣言したいほどに。
いつのまに?いつのまにこんな事になったのだろう…。
「なぜだ。お前はいつも計算外のことばかり持ってくる」
「申し訳ありません…」
不器用に髪をなでられる感触がして、オリヴィエは微笑む。
「ふふ、馬鹿。あやまるな。だから人生は面白いのだろう?」
「あなたにとって…私の存在が吉となれば良いのですが…」
「情けないセリフだな。一度くらい、冗談でもいいから幸せにしてやると言ってみろ」
「そこまで心臓が強くありません」
「ああもう馬鹿正直だな貴様は!」
怒ったように、オリヴィエは男の腕から身を引きはがした。
あっと思う間もなく、マイルズの黒眼鏡は奪い取られていた。
驚いたような緋色の瞳と、空を映したような碧。
2対の瞳が上と下から互いをのぞき込む。
ほら、やっぱりだ。
まるで、互いの色が混ざり合って紫を作りそうじゃないか。
心でそうつぶやいて、オリヴィエは口元に苦笑をきざんだ。
「マイルズ」
「はい」
「行けるところまででいい。私と共に走れ」
「もちろん。あなたのお気の済むところまで」
どちらからともなく唇を重ねていた。
夜の情欲こそ伴わないが、もっと深い所で2人をつなぎ合う、そんなキスを。
密かに交わす肌の熱さよりも、枕辺での会話よりも、もっと多くの理解を彼らにもたら
すような、そんなキスを。
そしてすぐに身を離した彼らは、もう誰が見ても冷徹な女将校と付き従う部下にしか見
えなかった。
やがて彼らの乗り込んだ車が孤児院の通用門をはるかに遠ざかると、ヤギひげの管理者
はあからさまに深い安堵のため息をついた。
去り際に女将校から突きつけられた保育員増員の命令にさえ従えば、これでもうしばら
くは彼らの視察もなし、来年に迫った退職の日まで安穏に暮らせるだろう。
それにしても……と、男はひげをなでながらブリッグズからの来客を脳内で論評した。
(軍人というのはまったく殺伐とした生き物だな…。)
いや、女の身であの地位まで登りつめたからには、お偉いさん相手に手練手管の一つや
二つは使いこなしてきたのだろうか。
いや待て。しかしいくら美人は美人でも、あの冷淡そうな将校の口から色気のある言葉
なぞこれっぽっちも出てはこなさそうだった。
おおかた権門の出か何かで、お高くとまるしか能のないお人形なのだろう。
(ははん、そうに違いない。親の七光りを振りかざしてのし上がったのだな。)
まぁどっちにしても、あの金魚のフンみたいな補佐官程度の奴らには、色っぽいウイン
クひとつ与えてもらえないのに違いない。
(ふむ。あれじゃまず万に一つの可能性もないだろう。)
ああ、面白くもない。どうでもいい。
お茶だ。それに限る。
- Fin. -
ここまで読んで下さってありがとうございましたv
11/22の「良い夫婦の日」SSとしてちまちま書いて
いたものですが、こんなに遅くなるとはっ;;
不倫でもなく正式な夫婦でもないマイオリ、この位
の距離感がこの人たちには理想ですv(個人的に)
話の時期としては20巻の時点より2、3年前くらい?
きっとこのあとオリヴィエ様はマイルズさんの保身
のため「他人には妻がいるということにしとけ!」
と言い含めたんですよ!(笑)もしくは書類だけは
整えてあるとかね。何にしてもお幸せにーv
あえて書きませんでしたが「2人を結びつけている
もの」はまぁ「愛」が妥当かな。互いに自由な身で、
自由に一緒にいる、というのがロイアイと違う部分
ですね。(ロイアイは運命の部分が大きいので!)