テディ・ベア








目覚めたら、部屋はまだ青白かった。
北の夜明けは遅い。
これくらいの明るさでも、起床時刻にはまだ早すぎるということもない。
しかしあと少しは暖をとりたいと思い、胸元の布団をそっと引き上げた。

隣りで眠っている男は、まだ目覚める気配がなかった。
図体の大きな男と寝るには、このベッドのサイズでは足りないなとつくづく思う。
見れば、奴の片手はベッドからはみ出して下に垂れている。
かと言ってキングサイズのベッドに買い直せば、いらぬ詮索を周囲にさせることになる。
(どうしたものだろうな…)

彫りの深い寝顔を眺めていたら、何だか非常な満足を覚えた。
共に過ごした時間は、積もり積もってそろそろ10年にもなるだろうか。
もはや自分の身体の延長に近いところにまで肌を馴染ませたこの男は、心の最も深層の部分で私に絶
対の安心を与えてくれる。
なぜなのだろう。









いつかの夜も、その前も、こうして同じことを考えたなと思い出す。
そしていつも私の思考の行き着く先は同じだった。
そう…どう考えても理由はあれしかない。
滑稽な話だが、幼い頃に私が愛着を持っていた巨大なクマの縫いぐるみに、この男がどことなく似て
いるからなのだ。


などと口に出せば最後、誰彼なく笑われるのは承知している。
心臓まで氷でできた女王様が何を可愛らしいことを、枯れ木に花が咲くのでは、と。
(北では雪が降ると言っても珍しくないし、槍が降ると言えば私が実行に移しかねないので、奇跡の
ような出来事があった時には皆「枯れ木に花が咲く」と表現するのである。)
……分かっている。
自覚はある。
我ながら少女じみていると思う。
しかし、荒唐無稽だが私は本気でそう信じている。


確かに…マイルズは私よりもずっと大きな体躯を持っているが、「クマ」と呼んでもっとしっくり来
るのはもう一人の補佐官、バッカニアの方だろう。
あの巨大な図体とチェンソーと化した片腕、それに理解不能なヘアスタイルと口ひげ、仁王も顔負け
のコワモテとくるのだから、もうほとんど人類を超えている。
軍服を着たグリズリーである。
否、グリズリーの方がまだずっと動物らしくてラブリーだ。


マイルズはそこまで獰猛な外見をしてはいない。
祖父の血を色濃く引いた民族独特の特徴さえ見慣れたら、素顔のこの男は案外人なつこい。
山の下の司令部の子供たちは意外なくらいこの男になつくし、メガネで瞳を隠していても温和な表情
は他人に伝わるものらしい。
しかし、それでもくだんのクマの縫いぐるみとはさして共通項を見いだせないような気もするが、一
体この確信は何なのだろう。









あのクマは…今もあの広い屋敷のどこかで眠っているのだろうか。
記憶違いでなければ、あれを最後に抱きしめたのは士官学校に入る前の年だった。
改築前の居間にはまだ薪をくべる大きな暖炉があって、その横に褐色のクマはいつも足を投げ出して
座っていた。
そう、確か軍服を着込んでいたはずだ。
この国のものではない、空想上の連隊の、赤い兵服である。
黒い縁取りと、上着の金ボタンが洒落ていたのを覚えている。
抱きしめる時に邪魔なので、子供だった私は備品として附属していたサーベルや兵帽などを惜しげも
なくむしり取ってしまったが、本当はそれらはつぶらな瞳の大きなクマに大変似合っていた。


具体的な大きさは……とにかく巨大だったと記憶している。
幼い頃には見上げていたものだ。
表面には上質の高山ヤギの毛が使ってあり、頬を寄せるとそれはそれは心地よかった。
ふわふわしていて、それでも弾力がないわけではなく、抱きしめればその力の分だけ沈んでくれる。
しかし、決して押し返したりはしてこない。
だから、気のすむまでぎゅうっと抱きしめていられたのだ。
そして気がすんで、力を緩めれば、そのまま再び元の通りにその場に飾られて文句を言わなかった。


それはなんと愛おしいことだったか。
私のすることを何でも受け入れてくれる、ただそれだけで私を癒してくれていたのだ。
機嫌の悪い時は子供のこと、叩いたり、蹴り飛ばして床に転がしたりもした。
けれどそれがたとえ非でも、クマは受け止めることで私をいさめてくれていた。
まるで、私がすぐに後悔することを見透かしていたように。
それこそ理解であり、真の信頼だった。
我が儘で甘ったれのくせに、強くありたくて時に虚勢を張っていた、本当の私への救いの手だった。
無言でいることの愛の深さを、私はあのクマに知らされたのだ。















…待て。



そこか?
そこが、この男も同じだというのか……?























「…おや…閣下…」
「ん?まだ早いぞ」
「…めずらしいですね。私より先に起きていらした」
「ああ、めずらしく昔のことを思い出していた」
「ほう…どんな思い出ですか」
「…大層なことじゃない。ただ、貴様がクマの縫いぐるみと一緒だと確信したまでだ」
「は?」
「それ以上、教えてなどやらん」


笑いを噛み含めて口をつぐみ、私は昨夜と同じように男の胸に体重を預けた。
色違いの肌。しかし鼓動の速さは自分と同じだ。
ああ、なんだ、やっぱり違う。
あのクマにはこんな律動的な音などなかった。
そして自分の頬と同じ温度のぬくもりも。
大きな手が背を抱いてくれる。
人形の手は大きかったけれど力無く下がったままだった。
そしてこのまままた寝入ってしまったら、この男はそっと布団を着せかけてくれ、頃合いを見て何喰
わぬ顔で私を目覚めさせてくれるのだろう。













…違うじゃないか。
クマよりもずっと愛おしい。













「…少将?」
「…うん…」















ああ、このまま溶けてしまえたらいいのに。













「…眠ったんですか?」
「……」
「…オリヴィエ様?」













かなわない。
私はもういい大人なのに、まだクマが必要なのか。
















- FIN. -












何だかほわほわした話になりましたー。何故だ(笑)
早朝の、まだちょっとぬくぬくしていたい…みたいな
2人を書きたかったので、あまりエロじゃないです。
きっと普段はもちろん部屋は別々で、寝るのも別々で、
それで特に欲求不満ってわけでもなく淡々と仕事をこ
なしているのでしょうが…でもこんな朝もあったらい
いな、と思いますv
大きなクマの兵隊さんは、ハロッズのイメージで☆