湯気とポーカーフェイス
古書をめくる姿は、まだ部屋着に着替えてもいなかった。
帰宅途中、よほどのアイディアがひらめいたものらしい。
ためらいはしたけれど、一応呼びかけてみる。
「大佐…紅茶が冷めますよ…?」
「…ああ…」
古ぼけたページに見入る生返事の背中。
そんな図にあまりにも覚えがありすぎて、わたしは思わず記憶を振り払う。
覚えがありすぎると言えば、この書斎がそもそもそうだ。
家屋を埋めつくしていた父の蔵書を、彼は宝物のようにすべて引き取った。
なけなしの家財よりも親しんだ書物たちに、こうしてまた囲まれているわたしは、
いったいあの頃から進歩しているのかいないのか。
まったく苦笑するほかはない。
(……)
それでも、因縁というよりは心満たす感慨を覚えて、わたしは目の前の情景を胸にとめる。
ええ、今ならわたしにも分かる。
これで間違ってはいなかったのだ。
あなたは世に1人の焔の錬金術師で、わたしはあなたを守護する者だった。
誰も何も間違えてはいない。
あの日の約束に、わたしは身のすべてを賭けた。
たとえそれで散ったとして、何の悔いが残るというのか。
(…それにしても)
彼は振り向く気配もない。
修業時代の彼だったら、お茶を告げればどこにいてもすぐ飛んできたのにと思い、
ふと心配になった。
そう、歳月は人を変えるものだ。
もしかして彼は、軍人をやめたら父のような隠者になってしまうタイプだろうか?
(…それなら)
こうなったらものは試し。
あなたが先代の焔の錬金術師にどこまで似ているか、少々試させていただきましょう。
「…では大佐、お茶をここにお持ちしますから」
「…うん…」
そそくさと居間に戻ると、わたしは1人分のお茶をカップに注いでトレイに乗せた。
薄いビターチョコレートを添えながら考える。
さて、あなたの反応はどちらかしら。
お茶を頼んだ覚えはないと眉をひそめる?
それともごめんよありがとうと笑いかけてくれる?
もしも前者だったら…
(…この週末に論文を一本、無理やり仕上げてもらいますからね)
心の中でつぶやいて、思わず失笑した。
いいえ…安心して、ロイ・マスタング。
何があっても、最後のダイムまでわたしはあなたに賭けるつもりですよ。
「…どうぞ、大佐」
立ちのぼる湯気が、わたしの笑いをたしなめる。
まっすぐに彼の顔がこちらを向き、黒い瞳が細められてなごんだ。
「ああ、ごめんよリザ。ありがとう」
よく分からない小話ですね〜(汗)
外出して帰ってきて書斎に閉じこもる男の、
後ろ姿に見とれるリザを書きたかったのです。
彼女の「焔の錬金術師」の原風景はやはり、
パパとの生活にあったのではというような。
未来とか自己犠牲とかは忘れて下さーい;
イラストを見ながら考えた話でした☆
