◆人間失格か、合格か◆

**** 作品考、及びユリイカ08年6月号考 ****


※コミックス未収録部分のネタバレを含みますのでご了承下さい。





ロイアイには関係ないのですが、久しぶりに独立した考察を書いてみようと思い立ちました。
それと言うのも、本誌2008年6月号(83話)のグリード=リンによる1シーンがあまりにも印象的だった
せい。そう、あの満月を背景にした美しいシーンですね。
「なんでだろうなぁ 俺の中にはこんなに魂が沢山あるのに あの記憶の混乱以降なんか空っぽでよ…」
…いや、これ、なんて胸にせまるつぶやきなんでしょう。しかも意味がものすごく深い。
この印象的かつ象徴的なセリフが、どちらかと言えば端役に近いと思っていたグリード=リンのシーンと
して描かれたことがまず意外だったわけですが、よくよく考えてみれば、これはたぶん荒川先生が最も描
きたいテーマの一つなんですね。
そう。それは「人間としての線引きをどこでするか」というテーマ。
言い換えれば、どこからが人間でどこからが人間ではないのか…その境界は何か?ということですね。
ここに「生物学的な境界はない」というのは、すでに分かり切った前提です。
作者の思いを代弁するエドが作中で出す答えは、それ以上に深いものでなくてはならないはず。
では、それは一体どういう答えなのでしょう。
そしてそれは大黒幕のお父様と、どのようにして絡んでくるのでしょう。
しばしお付き合い下さいませ☆




少し話を戻しますが。
個人的には、そもそも82話のグリード=リン(以下グリリン笑)の破格の活躍からして予想外でした。
リンが賢者の石を自分の身体に受け入れた時点で、皇子の登場目的はほぼ果たされたのだろうと思ってい
たのですが、まったくとんでもなかった(笑)
グリリンが最初から閣下と浅からぬ因縁があったのも(それこそ初代グリードの時から用意周到に!)、
彼ら2人が「同じ製法」でホムンクルスとなったのも、すべて先生の遠慮深謀なのですね。
そう、彼らこそは貴重な、生けるボーダーライン。
つまりは「人間とホムンクルスとの境界」を読者に考えさせるための、意味深なハーフなのです。

以前から閣下については裏切り説を唱えてきましたし、「残った一つの魂は元の人間のもの」と信じてや
まない管理人ですが、80話のあの衝撃のセリフ、更には82話でのグリリンとのやりとり等を見ていますと、
もはや私には閣下は「超常能力を持った人間」にしか見えなくなっています。(愛のせいもあるけどv)
そして今月号、83話を読んだ後となっては、グリリンについても同様なことが言えそうです。

ここで思い出すのは、かつて閣下の生い立ちを聞かされたロイが、つい自分の立場も忘れて「人間として
生きることはできませんか?」と尋ねてしまったこと。そして今月号のエドもまた、ホムンクルス組を抜
けてきたグリリンに何のためらいもなく「仲間にならねーか?」と勧めてしまった。
でもこれは、ちょっと甘いな〜とは多少思うにしても、読み手(人間)の我々からすれば普通に共感でき
る行動ですよね。こうしてロイやエドは、往々にして読者の思いを代弁してくれている。
しかし興味深いことに、当の本人たちは「ホムンクルスの誇り」とやらを持っていて、自らを人間だとは
自覚できないらしい。あくまでも「人間よりも優れた種」だと自覚している。
ここがすごく面白いところですね。



や、もちろん生けるボーダーラインは彼らだけではありません。
ついつい流れで先に挙げてしまったけど、むしろホムンクルスと人間の境界なんかはまだ単純で、この物
語にはもっともっと複雑な有象無象がうようよと登場していますよね(笑)
まず他の誰を置いてもその筆頭に置かれるべきなのは、何と言ってもアルでしょう。
巻を重ねるごとに彼が身体を取り戻すことにばかり意識が行ってしまっていましたが、考えてみればこの
「人間としての線引きをどこでするか」というテーマは、アルの登場時から大きく掲げられていたわけで
す。そして主人公のエドは、ピナコの言うとおり「人間の定義が広すぎる」子と設定されている。
確かにエドが「人間扱い」したモノを並べてみると、「え、これも?」という例もあるような(笑)
だけど、それは必ずしも弟を人間と認めるために、必要に迫られて広くなっているわけではないように見
えます。エドはきちんと、自分なりの判断の根拠をもって相手の魂を計っていますよね。
そう、魂です。
エドが「人間か否か」の判断の根拠としているのは生物学的な条件ではなくて、魂の有無なのです。
これはこの作品のほんとに素晴らしいところv

でも、ただ「魂があれば人間」という単純なことでもない気がします。エドはもっと真摯な目で、その魂
のありようまで見極めていると思う。
魂のありようと言っても、もちろん「敵か味方か」「善か悪か」などという単純な基準ではありませんよ
ね。アルは弟だから当然だし、48や66にも同情すべきところはある……みたいなお情けお代官様のような
基準では、エドはその魂を計っていないんです。
では何をもって判断しているのか。難しいですけど。
抽象的な言葉でしか言い表せませんが、それは「その魂があるがままかどうか」のような基準だと思う。
エドの、まだ曇りのない子供の目から見て、その魂が元来のピュアさを保持しているかどうか。
だから、アルも48や66も、キメラ軍人のゴリさんもライオンさんも、最終的にはもしかしたらグリリンも
閣下も、エドにとっては「人間」なのでしょうね。そして相手が人間であるかぎり、彼はその魂を殺すこ
とができないのでしょう。
(面白いのは、生物学的には完全に人間なのに、魂のほうが非人間的っぽいキャラがいることですよね。
例えばレイブン中将なんかは、不老不死に目がくらんであるがままの魂から逸脱してしまったがためにお
姉様に斬られてしまった。あの「会議」に集う将軍たちは皆そういう状態かも知れません。ゾルフも一見
するとボーダー例のようですが、でもあれはあれでピュアなんですよねたぶん(笑)そしてホーエンハイ
ム父さんは、賢者の石で構成されつつも魂は元のままなのでやはり「人間」なのです。)


でもそうして見ると一体、この物語の中でエドが「人間じゃない」と判断するのは誰なんでしょう?
どうやらそれは極めて少人数ですね(笑)
「人間ベース」でないホムンクルスとお父様、恐らくはそれだけ。
いや、ホムンクルスの核となっている石はそもそもお父様の一部だったわけですから、人間ではないのは
最終的にはお父様のみ……つまりは始まりのホムンクルスである「フラスコ」だけ、なのです。
物語のすべてのキャラクターの中で、「フラスコ」だけが「あるがままの魂」を持っていないんですね。
とすれば、お父様(元フラスコ)が扉を開けて作り出したい物とは、あるいは自分のための「固有の魂」
なのではないでしょうか…?

もしそれが成功すれば、フラスコは「完全な人間」となることができます。
朽ちない身体はホーエンハイムで実証済み。あとは自分だけの魂を手に入れれば完璧です。
それだけではなく、もし魂そのものを自由に錬成できるなら、ほとんど神と同様の座につくことになる。
あの「不死の軍隊」…鈴なりになった肉の容れ物のために、他国から魂を狩ってくる必要もありません。

でも、それはもちろん不可能ですよね(笑)
私たちは当然答えを知っています。
魂とは、人間の男女が愛し合ってすることをしなければ決して新しく作り出せません。
そして「命は等価交換では作り出せない。ゆえに等価交換は万能ではない」というのが、きっとこの物語
の帰結するところ。それは以前から皆さんと考察し続けてきたことです。
とすれば、19巻のクセルクセス時代のホーエンハイムとフラスコの会話に、物語の集約を見ることができ
きるようにも思えます。
「家庭ねぇ…人間は不便だな。コミュニティを持って繁殖せねば種を存続できない」
「家族とか仲間とかに幸せってのがあるんだよ」

もしかしたら、小さなフラスコが憧れたのはその「不便な人間」で、夢見たのはささやかな「家族」だっ
た……なんてこともあるのかも知れませんね。
だとしたら、ガラスの中の彼を底なしの傲慢へと育ててしまったのは、やはり人間の罪と言えないことも
ないのかも知れません。
どちらにせよ、魂を持たず人間の愛も理解できなかった彼は、せっかく「創造主」の真似をして7人の兄
弟を作り出しながらも、最後には世界から受け入れられずに淘汰されるべき存在なのでしょう。



と、6月号からここまで考えたところでユリイカ掲載のインタビューが発表されたわけですが、何ともタ
イミングの良いことに、その中に「人間ってなに?」という問いについて荒川先生が答えている部分があ
ったのですねvこれがまた素晴らしいのです。
要約しますとこんな感じかな。
「たとえばペットと家畜の差は何なのか。牛にせよ馬にせよ食肉用とペット用がいて、中身は同じなのに
なぜ違うのか。当然ながらそこには本質的な差はなくて、人間のあいまいな線引きでしかない。クジラを
食べてはいけない理由もしかり。結局はその線引きは、個人個人でなされればいいのでは」
…真理だと思います。酪農家に生まれた方だから、ということで片付けずに、こういったしっかりした考
え方が鋼を通して子供たちにも伝わるといいなって思う(笑)
いや、その前にまず大人がしっかり作品を受け止めねばね〜。
(このあとマイルズさんについての萌えvな言及もあるんですが、ここでは割愛。)

ともかく、荒川先生自身が「ここからが人間だ」という境界を示さないで描こうという姿勢でいらっしゃ
ることはよく分かりました。
記事でも触れてますが、だからこそボーダーラインに立つキャラクターたちもしゃんと前を向いて生きて
いるわけですね。つまりは人間に生物学的な失格も合格もないと。
その「魂」が誇りを失って汚れる時こそ、失格の時なんですね。



というわけで、グリリンのセリフをもう一度反芻してみます。
「なんでだろうなぁ 俺の中にはこんなに魂が沢山あるのに あの記憶の混乱以降なんか空っぽでよ…」
そして、「ひとり…なんだよなぁ…」と。
82話からの流れを追えば、彼は「仲間」の存在に気付いてから記憶の混乱を起こし、本来の魂のありよう
に戻りつつあるようにも見えますが……どうなのでしょう。もしかしたら最後には納得して、「やっぱり
お前に返すぜ」と肉体をリンに返還する日が……来るのでしょうか?
世界一の強欲である彼が最も渇望するのは、皮肉にも「ただ一つの本物の自分の魂」なのかも知れません
ね。



そんなこんなで、作品考察ひいては「お父様の目的」考察といたします。
物語は佳境も佳境、ジェットコースターのてっぺん、といった様相を呈してきてますが、さてどんな風に
ラストまで詰まれてゆくのでしょうか。
全身全霊で、その瞬間までを凝視してゆきたいと思いますv






文責:鈴々
2008/6/8