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彼女が私を見つめている。 たが、こちらを見つめながらも私を見ている訳ではないのは分かっていた。 彼女の視線は私を突き抜けて、部屋の壁も、要塞の外壁すら突き抜けて、 なにごとか今解決しておくべき問題を見つけるべく一点に注がれている。 無理もない。彼女はこの要塞を切りもりする主婦なのである。 常に住人の分だけの糧食を絶やさず、皆が安全で心地よく過ごせるように。 そして自家発電の設備を整え、不意の寒波にもこの要塞が負けぬように。 またいつ国境を越えんとする敵がやってくるかも分からぬ場所として、 斥候や守りの緊張を解かぬように。 あらゆる方向への配慮を怠るわけにはゆかないのだ。 だから無論、返事など期待してはいなかった。 かと言って独り言でもなかったわけだから、中途半端な声ではあったが。 「……閣下?」 「なんだ。マイルズ」 期待していなかったのに、すぐに返事が返ってきたのではかえって驚く。 「あ、いえ……何を思案しておいでかと…」 「お前の顔を見つめていた」 「……」 碧い瞳とまともに出会ってしまった。 よくもこういう嘘が即座に出てくるものだ。 しかし、万が一本気で言っているのならこの後をどう続けたものだろう。 反応を迷っていたら、あっけなく彼女の視線が逸れた。 「というのは嘘だ」 「……はぁ(やっぱり)」 「先日の雪崩れで道路が寸断された件が響いていてな」 「ああ…上の対応もおざなりでしたからね。復旧はこちらの仕事だと…」 「一度、国境解放日とでも称してドラクマの連中を侵入させてやれば目が 覚めるかも知れんな」 「ご冗談…でしょう?」 「半分くらい本気だ。我らブリッグズはもっと重視されてしかるべきだ」 「お察しいたしますが、しかしそんなことをすれば北壁の名折れです」 「分かっているが…この要塞ときたらあっちもこっちも…身一つでは足りん」 ほぅ、と珍しく小さなため息まで漏らした彼女は、疲れているようだった。 弱音、などと評したら可哀相だろう。 北の国境をただ1人で死守している身体なのだ。 配下の99%の兵たちからは生物学上のメスと認識されていない彼女ではあるが、 私だけは彼女が間違いなく女であることを知っている。 いや、性差など関係ないことだ。心労は察して余りある。 「私をもっとお使い下さい。何もかも1人で背負い込もうとなさいますな」 「マイルズ…」 「代理役ですむ部分はすべて私にお任せ下さい」 すると、彼女の眉の険しさがほんの少しゆるんだ。 「うん……お前にそう言われるとつい甘えてしまうな。悪いくせだ」 「何が悪いんです?補佐官たるもの、あなたの手足と同じでしょうに」 「いや……」 何ともばつが悪そうに、雪の女王は珍しく苦笑を浮かべた。 「実を言えば、お前がそう申し出てくれるのを願って顔をながめていた」 「……」 「以心伝心、というあれだな。お前には本当に支えられている」 「少将…」 「昼も夜も、だな。ふふ…」 「……」 伏し目がちに微笑む額に、はらりとかかった金髪が儚げだった。 まったく。この人は。 私以外の人間にそんな隙のある表情を見せてはいけないと戒めねば。 皆、その烈火のごとき剣幕に騙されてはいるけれど、あなたはご自分で思っ ているその百倍も千倍も魅力的な女性なんですよ。 ふと油断した拍子に、誰か別の者が今のような貴女に気付きでもしたら… 雪の女王の笑み。 その希少価値を理解しているがゆえに、片時も離れずそれを独占する自分の あまりの贅沢さに鳥肌が立った。 私の人生にこれ以上の贅沢など望むべくもない。 「……」 「マイルズ。何を思案している?」 「いえ、何も」 「まさか、もう時間か?」 「まだ大丈夫ですよ」 幸い、休憩の時間はまだ始まったばかりと言ってよかった。 彼女のスケジュールをすべて把握している私だけに可能なことだ。 ここで自分を押さえるべきか、図らずもこみ上げてきてしまった愛おしさに 身をまかせてしまうべきなのか…。 思案のしどころだろう。 |